「おはようございます円堂さん」
「おはよう」
朝、眠らない身体は疲労も知らず朝が来たことも夜が過ぎたことも分からなかった。起きてきた守は挨拶をして線香を上げた。
す、と伸びた細い指にパチパチと脳に衝撃が走る。なにかを思い出しそうで、思い出せない。着衣したままプールに沈むようだ、憂鬱に重い
「円堂さん、少しお手伝いして頂けませんか」
「はい」
施設の子どもに洋服を着せたりする手伝いを守は中学生組と手伝う
涼野とヒロトはやはり守を気に入ったらしく、守と距離が近い。南雲は眠れなかったらしく、欠伸を度々している。
「ヒロト、少しいいですか」
「はい」
俺にまだ線香を上げていない父さんがヒロトを呼んだ。…何だか嫌な予感がする。
動ける範囲が広くなった為、ヒロトに着いて行けば父さんの部屋へ入って行った。範囲が足りず中には入れなかったが、障子に凭れるようにして話を盗み聞く。盗み聞くという言い方は悪いかもしれないが、仕方ない。幽霊なのだから
「ヒロト、ヒロトが死んだ今吉良家の跡取りはお前になりました。分かりますね?」
「はい」
「ヒロトのようになりなさい、ヒロト」
それは中学生には酷だよ父さん、なんて言えない。障子が開いて父さんが俺をすり抜けて行ってしまった。
1人残ったヒロトは正座したままぼんやりとしていた。俺そっくりなのに俺じゃないから辛い
ごめん、言葉も出ない部屋には入れないからヒロトに触れられない
朝日が登っていく
嗚呼、不穏
「大丈夫か?」
部屋に帰った守はいつもより顔色の悪いヒロトをみて心配したように眉を下げた。ヒロトはまだ虚ろな瞳をしている。瞳子は事情を知っているようで、目を伏せている
「…円堂さん、少しいいかな」
「…、ああ」
なにかを悟ったらしい守はヒロトに着いて行った。俺は後を追う。南雲が足音を探すようにキョロキョロしているのが可哀想だったので、俺は浮遊することにした。
「円堂さんは兄さんのどこに惹かれたんですか?」
「どこ?…うーんヒロトだからかな」
「そうじゃないんです、兄さんはどんな人だったんですか、円堂さんは兄さんのどこを愛したんですか!兄さんは、何故愛されたんですか…!」
ヒロトは膝から崩れ落ちた。ヒロトなのにヒロトになれない苦悩はヒロトだった俺には分からない。
守は床に座り込んだヒロトの肩に手を置いて自分も座り込んだ。
「…よく分からないけどさ、きみはきみだろ?ヒロトはもういないけど、きみは生きてるじゃないか」
「でも、俺は兄さんにならないといけない」
「それは無理だよ、俺が愛したヒロトは2人といないからな」
「…!」
ヒロトは目を丸くした。俺と似た翡翠の瞳からは涙が溢れ続ける。
「…それは、俺が兄さんになれないということですか」
拗ねたようなヒロトだったが、守に涙を拭われるともう泣き止んだようだ。
「そうなるな、でも、同じにならなくてもいいと思うぞ」
惚れた守だった。いま、守を抱き締められないのが悔やまれた。宙をさ迷う指は、誰にも触れられない。
「…兄さんが羨ましいなあ」
ヒロトが守をみる瞳は俺と同じだった。類は友を呼ぶ、離れた所で話を聞いていた風介も、俺たちは光に群がる虫のように守に惹かれている。
「…ふふ、」
風介は話を聞くと愉快そうに笑ってまた消えた。困ったな、風介は守を手に入れたがっている。
しかし、死人の俺には何も出来ない
「泣き止まないと、ヒロトが心配するぞ」
「…はい」
守がヒロトの頭を撫でる指をみて羨ましいとただ思った。
嗚呼、嫉妬
「円堂守、少しいいか。」
「うん?」
ヒロトが泣き止んだ後、今度は風介が守を呼んだ。遺影をみていた守はゆっくり立ち上がって風介に着いて行く
俺も後ろを追うが、風介は俺の範囲を知っているように会話も聞こえない場所へ消えてしまった。仕方ないので範囲ギリギリで待つ
浮遊しながらどうにか会話内容が聞こえないか頑張るが、やはり無理。溜め息もつけない。くるくる回っていると、晴矢が隣に立った
どうやら風介が気になるらしい。小さい頃から近くにいたから、風介の性質が分かっているのだろう、瞳は穏やかなものではなかった。
きみは本当にイイコだね、あの2人と同年代だなんて信じられないよ
頭を撫でたくなったが、また怖がらせるのも気が引けたので、何もせず晴矢と並んで待つことにした。