瞳子が涙を拭いて次の作業に移ると入れ替えに風介がやって来た。この子も泣いていなかったな、そんなことを思いながら眺めていると、先程守が座っていた畳に触れてゆっくり微笑んだ。

そういえば風介は他人のものだけを欲しがる性格だった。他人のものが欲しいから奪う、完全に相手が諦めたら返す。だから俺や瞳子、父さんも風介には手を焼いたものだ。

…、待てよ、それはつまり…

「ふふ、」

愉しげに笑った風介、予感が的中した。風介は守が欲しくなったらしい、俺のことを愛した守を奪いたくなったのだろう。風介は幼い頃のように、獲物に目を付けた瞳をしていた。

頭を叩いてやろうと手を伸ばしたが、風介はそれより先に立ち上がってしまった。いまは何も掴めない手が、文字通り空を切った。



嗚呼、遺憾!


「円堂さんは眠ったかしら?」
「見て来ようか?姉さん」

時刻は深夜、起きているのは俺を除いて一番年長の瞳子と、中学生の数人だった。まだ小学生のリュウジは眠たそうな顔で話に参加していたが耐えきれず、治が寝室へ運んで行った。

「…いえ、いいわ。きっと疲れているもの」

瞳子も疲れが顔に出ていた。何だか申し訳ないな、と思うだけで俺には何もできない。疲れない身体を持て余しながら、俺も会話を聞いている

「円堂さんもショックだったろうね」

ヒロトがこちらをみて呟いた。瞳子もこちらをみる。風介はお茶をすすり、晴矢は船を漕いでいた。

「…そうね」

あれ?そういえば俺はどうして死んだんだっけ?今日は前日から緊張しながらも紹介に行くのを楽しみにしてて、朝は晴天で気持ち良くて、それで、それで?

ぼやけている、死ぬ直前までの記憶がない。俺はなぜ死んだ?

気付いたら死んでたんだ。真っ白い部屋で、守とお日さま園のみんなが囲んで泣いてて…

なぜ 死んだんだっけ?


嗚呼、 ?




時間が経過するにつれて脱け殻から離れられる距離が広くなった。ふよふよと浮遊もできるが、意識すれば畳を歩くことができた。まだ脱け殻が見える範囲しか動けないが、明日はそれ以上動けるだろう。

そのとき、俺の脱け殻から完全に俺はいなくなる。そのあとはどうにかなるだろう、どうせ身体には戻らないのだから

退屈だなあと動ける範囲を歩いてみたら、机にうつ伏せで寝ていた晴矢が身体を起こしてこちらをみた。

風介は自室に行き、ヒロトは風呂だからこの部屋には晴矢しかいない。晴矢は幽霊が嫌いなのに一番素質があるらしい


「…っ!?」

試しに数歩歩いてみる。晴矢はあわあわと挙動不審な動きをして台所にいる瞳子へと走ってしまった。悪いことをしなあとは思ったが、ついクスクスと笑ってしまった。

「ねねね姉さん!本当に足音がしたんだ!」
「疲れているのよ、あなたもお風呂に入って寝なさい」
「本当だって!」

晴矢が台所にいた瞳子を連れて来た。瞳子は晴矢に盾にされながらも部屋を見渡す。

「なにもないわ」
「幽霊だからみえないって!」
「みえないなら大丈夫よ。兄さんが歩いているの、早く寝なさい」
「幽霊に足があるわけない!」
「起きているなら私の手伝いをしてもらうわよ。」
「い…、やる」

信じてもらえない晴矢は結局1人で寝るのも嫌だったらしく瞳子に着いて台所へ消えた。晴矢は面白いなあ


誰もいなくなった部屋にお風呂上がりのヒロトが入って来た。髪はまだ濡れている

「…」

遺影を眺めるヒロトは笑っておらず、冷たい瞳だった。

「兄さんは死んでもずるいんだね」


ぽつりと呟いたヒロトは線香を上げると自室へ消えた。

ずるい、ヒロトは主張しなかったから、そんなことを考えているなんて知らなかった。

ぼんやりと透けている自分の手を眺めるが、呼吸をしない肺は溜め息すら出なかった。


嗚呼、虚無感


 
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