円堂♀
「マモル、引き金を」
後ろから円堂を抱き締めたマーク・クルーガーは耳元で囁いて、震える円堂の右手に己のを重ねた。
――ある晴れた休日、庭園で円堂に会ったエドガーは恋をした。それと同じように円堂も不器用であるが、エドガーの本質は優しい人間であることを見抜いて2人は気持ちを通わせた。
イギリスエリアの薔薇庭園は2人の逢瀬を隠すように迷宮になっていて、エドガーも薔薇園では見栄を張らずに円堂と薔薇を愛でた。
「薔薇って綺麗だけど、散る時はなんか怖いな。」
いつか円堂が零した言葉をエドガーは理解に苦しんだ。エドガーにとって薔薇は見慣れたものであり、咲いてから散るまでが薔薇だという考えがあったからである。
「そうですか?」
「うーん、なんか花びらが血みたいに広がってるだろ?」
円堂の視線を追って散らばる花びらをみる。言われてみれば、そう見えなくもない
「ふむ。しかし咲いてから散るまでが薔薇の一生ですからね、人間もそう変わりませんよ」
その言葉に円堂は少しだけ笑って答えた。きっと、薔薇を人間に見立てたのだろう。エドガーは何も言わずに円堂の手を握ってやった。
そんな2人をマーク・クルーガーは見てしまった。円堂の恥じらいとそれを受けるエドガーの姿。薔薇の匂いが鼻につく、マークはぐしゃりと薔薇を一輪握り潰すとエドガーを睨んでからゆっくりと花びらを食べてしまった。
「エンドウ」
マークはエドガーとの仲を裂く為に根本から攻めた。円堂の家を危機に陥れ、金の援助を持ち掛ける。援助の条件は"円堂守をマークの嫁にすること"、守が逃げれば一家は路頭に彷徨うことになる。マークは円堂守にそんなことが出来ないことを知った上で、実行に移したのだ。
「……マーク…」
エドガーを思って涙する円堂をマークは優しく抱き締めた。
「きみはもうエドガーと会ってはいけない、クルーガー家の嫁なんだから、いいね?」
返答のない円堂にマークは愛しさを募らせる。きっと円堂とエドガーは隠れて会う。薔薇のように散るエドガーをみれば円堂は壊れる、マークはそれを狙っていた。
そして2人はマークの策略に嵌ってしまう。広い薔薇園の一角で嘆きを共有している時にマークが現れる。その手には黒く光る拳銃
円堂は瞳を丸くして、マークを凝視し、エドガーは苦虫を噛んだような表情をする。マークが一番見たかった表情を2人はしてしまったのだ。
「いけない子だねマモル、さあこれは罰だ」
そして、場面は現在に至る。可哀想に、がたがた震える円堂を後ろから抱くようにするマーク、拳銃はエドガーの心臓を確実に狙っている。
「マモル、引き金を」
ゆっくりゆっくり、重ねられたマークの指先が円堂の指を押していく。円堂はいやだと首を振るが、マークには見えていない。
マークはエドガーしかみていなかった。円堂の心を奪ったエドガーを、エドガーが愛した円堂に消される。それはマークがエドガーに望んだ最悪のエンディングであった、同時にマークが嫌うエンディングであった。
「…ふふ」
エドガーは拳銃を向けられていながら、ほくそ笑んだ。マークにはそれが負け惜しみにみえたかもしれないが、本意は違っていた。
エドガーにとって、咲いてから散るまでが人生であり、円堂の手によって散るならば、エドガーにとってそれは最も幸せなエンディングなのだ。円堂の手で薔薇を散らせれば円堂はずっと記憶するだろう、本体は死んでも円堂の中では生き続ける。マークが嫌うエンディングは、エドガーにとってこれ以上にない幸せであったのだ。
「マーク、いやだ、マーク!なぁ、いやだ、…エドガー!」
円堂だけが笑っていない中、引き金は引かれ、重い衝撃が円堂の細い右腕に伝わる。
ぱんっ
薔薇は真っ赤な花びらを振り撒いて散った。
円堂だけが呆然と身体を震わせる中、2人の男はそれぞれのハッピーエンドを迎えていた。