ヒロ→円夏
ずるり、と俺は確かに背骨を抜かれてしまった。
「結婚するんだ」
「え、」
言葉を脳みそが理解すると、カフェの喧騒が全くなくなって周りはモノクロに包まれてしまった。
さっきまで少し苦味のあるコーヒーを飲んでいたはずなのに、口が乾いて酸素すら上手に取り込めているか分からなくなる。喉が、乾く
「けっこん…?」
掠れた声をようやく絞り出せば、御伽噺の魔女より酷い声が出た。円堂くんはそんなの気付かないように砂糖をコーヒーに加える。
「そう、ヒロトにも知らせたくて」
相手は高飛車のあの女だという。なんで、どうして
ぐるぐると交錯する思考をよそに円堂くんはコーヒーを混ぜる、ぐるぐるぐるぐる
「…そうなんだ」
彼は色恋沙汰には疎かったのに、そんな男のような表情はしなかったのに、少年のままだったのに、ああ
ピピピ、と携帯が鳴って円堂くんが俺に断って携帯を開く。内容は分からないが、円堂くんは俺に申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんヒロト!××が呼んでて、すぐに帰らなきゃいけなくなったんだ」
ガタガタと荷物を纏める円堂くんは確かに円堂くんだったけど、俺の知っている円堂くんではなかった。
「また一緒に話そうな!ごめん!」
席を立って行ってしまう円堂くんに、俺は、声を、
「結婚、おめでとう円堂くん」
「ありがとう!」
言いたくなかった。言わなきゃならなかった。言わなきゃ、きっと俺は置いて行かれるから。
円堂くんの姿がなくなると、本当に背骨はなくなったようで足腰に力が入らなくなった。
少年は大人になってしまった、背骨を失った俺には引き止めることもできない
「味、しないや」
傾けたコーヒーの温度も分からないまま、また僕と君の時間は進んでいく。
(失った背骨の行方と僕の末路)
2011.11/22