「昨日から姿がみえないんだ…」
そう言った円堂は不安そうに辺りを見渡した。
「きっと魚を採りにでも行ってるのだろう、すぐに戻るさ」
「そうだといいけど、いつもは俺を連れて行ってくれるのに…」
悲しげな表情をした円堂は窓枠に寄ると湖の方を向いた。姿を探しているようだ。
「待っていても仕方ない、紅茶でも入れよう」
「ありがとうな」
円堂が窓枠から動かないのを後ろ目に部屋を出た。
円堂は好奇心が旺盛で探検が好きだから、休みの日は専ら外出をしていた。外を自由に歩いてみたり、湖で遊ぶのだ。
それに着いていくのがあいつの役目で日常だった。
円堂とあいつが兄弟のようにはしゃぐのを、俺はお菓子を作りながら眺める。柔らかい休日が好きだった。
「おーい、どこにいるんだ?」
紅茶を淹れていると円堂が屋敷の中を歩いて来るのが分かった。兄弟同様に過ごしたから、一緒にいなければ落ち着かないのだろう。
「ほら円堂、菓子も焼けたぞ。テラスに行こう。あいつも匂いにつられて来るかもしれないぞ」
「犬みたいに言うなよな、そういえば、外が生臭いんだ…」
「みてくる、円堂は先に座って居てくれ」
「…ああ」
焼き菓子を机に置き、エプロンを外して小窓から道をみる。そこには「異臭」の原因があった。
「今日中に帰って来るかなあ」
「…ああ、きっと帰って来るさ」
円堂がテラスに向かったのを確認して俺は携帯を取り出した。
「源田、今日中に頼む」
電話の向こうにいる人物は呆れたような声を出したけれど、了解をした。
<――だが、大丈夫か?>
「大丈夫さ、円堂は気付けない」
<――そうか、回復しないのか?>
「視力が戻らない方が助かることがある…、最初と毛色の違う犬が道路に倒れていたって、見えなければ分からないんだ。それが幸せな時もある」
<――…、今日中に届ける手配をしよう>
「ありがとな」
佐久間は通話を終わらせると円堂をみた。テラスで日光浴をする円堂をみて少し眉を下げた。
しかし、足をぶらぶらさせて退屈そうな円堂をみるとすぐに焼き菓子と紅茶を持って向かった。
「ほら円堂、今日はマフィンだ」
「わあ、いい匂い!」
視力のない円堂が見えない世界では犬は死んでいるが、円堂しかみえない世界では犬は生きていて、別の犬を帰って来た!と喜ぶのだ。
悪い事だとは思わないし罪悪感だってない、円堂が気付かなければそこにあるのは幸せな休日だけなのだから。
(休日)
2011.11/14