「…ヒロト」

震える声で僕の名前を呼んだ円堂くんの瞳は不安に揺れていた。君があと5分で死ぬなんて、ほかの皆は誰も知らない。僕も信じたくない。

「ごめん、ごめんね円堂くん。」

組み敷いた円堂くんの身体はとても小さくて暖かい。でも5分経てば消えてしまうんだ。


…僕には昔から生き物の頭上に数字がみえていた。それが時間と分と秒を表していて、さらに数字が減っていくことに気付いたのは小学生になってからだった。そして数字が全て0になれば生き物は例外なく死んでしまうとことを知ったのもその頃だ。

自分が死ぬ時間を教えるのはいけないというルールは恐らくないだろうが、僕にはとても言えなかった。僕自身の"タイムリミット"がみえなかったから、自分に残された時間を言うのはとても残酷に思われたのだ。

「ヒロト、お前…まさか…」

「…ごめんね」

わなわなと震える円堂くんの細い細い首に手を伸ばした。脈が早いから緊張しているのだろう。


止められないタイムリミットに半ば諦めていた時に円堂くんと出会った。好きという感情を知って初めて、僕は減っていく数字が憎いと感じたのだ。数字は寸分狂わず減っていく。僕にはそれが耐えられなかった。

「僕は君が好きだから。好きだから、僕が奪いたいんだ」

「やめろ、ヒロト…」

円堂くんの頭上の数字が残り3分になった。円堂くんが苦しんでしまう前に僕が、せめて、僕が。

「大丈夫だよ、苦しくないからね」

「ヒロト!考え直せ!」

「…ごめんね。」

その言葉を最後に、ぐっ、とありったけの力を込めると両手から脈が伝わって来た。生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてるから歪んでいく顔を見たくなくて、でも見なきゃいけなくて。パクパクと口を動かす円堂くんと涙を流しながら力を強める僕。

脈が止まり初め、顔が赤くなってきた円堂くんは一度口を大きく開けると、ほとんど空気のような声で言葉を放った。


「!」

その言葉にハッとして両手を首から離したが、円堂くんは大きな瞳を開いたままもう動かなかった

「あ、うあ…ああああああああああ!」

両手には円堂くんの脈がしっかりと残っている。円堂くんは円堂くんは円堂くんは…!

「円堂くん!円堂くん!」

円堂くんを揺さぶるが、起きない。起きるはずもない。自ら殺めたのだから

「…そういうことか、じゃあ僕は…、僕は…」

歪む歪む世界を虚ろに歩き、鋭利な鋏を手に取った。銀色に鈍く光る鋏は自分の濁った翡翠の瞳を移した。

自分のタイムリミットはみえない。みえないから、円堂くんは最初からあんな事を言っていたんだ

「きみがすきだよ円堂くん」

円堂くんと抱き合うようにして僕は鋏を突き刺した。円堂くんの開いたままの黒い瞳には僕が写っていた。きっと生きていた頃は僕の頭上に数字が見えていたことだろう。

僕はただ最初から円堂くんを殺める口実が欲しかったのかもしれない。円堂くんのタイムリミットを決めていたのは紛れもなく僕だったのだから。そして円堂くんは僕が死ぬこの結末に気付いていた。自分のタイムリミットが確認出来ていればこんな事にはならなかったのかもしれないし、これで良かったのかもしれない。

薄れていく視界で、円堂くんの瞳に0という数字をみた。




(数字)
2011.10/23


 
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