風丸が部活へ向かおうと教室を出たのは他の生徒がほとんど校内にいない時間であった。室内で活動する部活動生以外がいない校内は楽器の音だけが響いていて、教室に残して来た幼馴染みはこの音に眠気を感じるかもしれないな、などと考える。少し駆け足で階段を降りると、階段の踊り場に人が立っているのに気付いた。
軽快だった足取りは、踊り場に立っていた人物との間に階段を5段残し止まった。身体が嫌悪で包まれるのを感じながら、それでも言葉を発さずにいると、壁に凭れるようにして立っていた人物が視線を持ち上げてこちらを見た。
『君って歪んでいるよねえ』
相手の心情などお構い無しに発言したのはミストレだ。女に見えなくもないその顔立ちは風丸を心底馬鹿にしたような、否、馬鹿にした表情を作っている。彼に好意を抱いている女子生徒は気絶してしまうかもしれない程の変貌ぶりだった。しかし、風丸はそんな彼に不快さ全面に押し出す。誰もいない校内は静かに張りつめていく。
『悪趣味だな、みていたのか?』
『みられるような所でキスをするのが悪いね。隠したいなら隠せばいいのに。そういう所が歪んでいるんだ。きみは、彼の傍にいていい人間じゃない』
ミストレの瞳がギラリと殺気を放つ。それを吸い込んだ風丸の瞳はミストレの殺気など感じないように鈍く濁っていく。ミストレが段下で吠えていようが過去は変えることができないことを風丸は良く知っているので平静に眺めている。
そんな態度が気に入らないミストレは凭れていた壁から背中を剥がし、風丸の正面に立つ。しかし段差があるために必然的に下になってしまう。まるで見下されているような位置にミストレは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
『傍にいていいか否か、そんなのは俺じゃなく円堂が決めることだ。』
『決定権なんて彼にないくせに。君みたいに幼馴染みを利用して縛り付けることでしか関係を維持出来ないんだろう?』
縛り付けることでしか関係を維持できない、その言葉に風丸は少し眉を寄せた。風丸は教室に残して来た幼馴染みを脳裏に描いてそれでも不適な笑みを浮かべる。
『あるものを利用して何が悪い?あいつが俺を傍に置いておきたいから拒まないんだろう』
『君がサッカーを辞めるなんて言うからだろう。それに、優しい彼に拒めるわけがない事は幼馴染みのアンタが一番良く知っている事だろ。』
挑発するミストレに風丸は態とらしく溜息をついた。風丸にとって目の前にいるミストレは自分にとって必要のない人間であるから、何を言われようがそれは心に残らないのだ。
『…良く知っているさ、だから利用する。俺がサッカーを辞めると言えば円堂は俺の事しか考えなくなる。円堂には俺しか必要無いと刷り込…』
風丸が言葉を発し終わらないうちに言葉はミストレが飲み込んでしまった。教室で見た円堂がキスを受け入れる表情を思い出しながら、それでも目の前にいる風丸をしっかり睨みつけながら、ミストレはキスをした。
風丸は唇を離そうとはせずに、ミストレの視線を眺める。ミストレが自分の中に円堂を求めている事が滑稽で仕方ないのだ。
トタトタと吹奏楽部の楽器に混じって聞こえる足音でようやくミストレが唇を離した。手を使わずに舌で舐めとるミストレとは対照的に風丸は手の甲で唇を拭う。
『君とキスってのは気持ち悪いけど、関節だと思えばいいや』
『馬鹿馬鹿しい』
『宣戦布告さ』
風丸もミストレもお互いを嘲笑うような表情をしてから、階段を見上げた。
『あれ?部活に行ったんじゃなかったのか?』
現れたのは円堂で、ミストレは風丸など見えないようにして階段を昇り、円堂の手を握ってエスコートする。
『待ってたんだよ、早く行こう』
『ああ!サッカーやろうぜ!』
円堂はミストレと反対の手を風丸と繋ぎ、校庭へ走った
『慌てると転ぶぞ、円堂』
『急がなくてもサッカーは逃げないよ。』
ミストレと風丸は円堂に優しい声色で言葉を発しながら、お互いを睨み付けた。冷たすぎるその睨み合いに気付かない円堂は目の前に伸びる3人の影だけをみていた。
(絡み付く蛇)
2011.09/21
|ω・`)<風円ミスサンドってこうですか。