※エリザベート・バートリな亜風炉照美
※血腥い



ある時代、山の中にひっそりと聳え立つ城があった。城主は絶世の美貌を持つ少年。彼は数少ない使用人とひっそりと暮らしていた。そして少年とは思えないの美貌を持つ彼が暮らす庭には、真っ赤な薔薇が咲き乱れていた。とても、真っ赤な薔薇が。




『始めようか』

彼の声が鈍く木霊する地下室。そこでは彼の美貌からは想像も出来ないくらい残虐で、ある種の耽美さえ感じられる事が行われていた。

彼は全裸で猫足バスタブで優雅に足を延ばしている。湯は「まだ」溜まっていない。上に視線をやれば内には何千も針がある銀の檻があり、その中では奉公にきた農民の娘が顔を青くさせていた。抵抗しないのは檻は頼りない鎖一本で天井に吊られており、身動きすれば檻の中にある無数の針に身体を貫かれることが安易に理解することができたからである。

そしてバスタブにいる彼を挟んだ両隣には彼が信頼する綺麗な恰好をした使用人が2人おり、彼らは金色の燭台を持ち、長い蝋燭に火を灯すと檻の底を熱し始めた。

じわじわと熱くなっていく底に耐えられなくなった農民の娘は髪を振り乱しながら跳ねる。跳ねると鎖が大きく揺れて針に身体が刺さる。どの選択肢も痛みや死からは逃れられないのだ。哀れ檻の中の娘は終いには熱すぎて足裏の皮は剥がれ落ち、叫ぶ声すらないまま針の筵の餌食となってしまった

娘が暴れなくなったのを確認した2人は蝋燭の火を消し、バスタブに座る主人をみる。僅かに血が溜まっている。無論、檻にいた娘のものである。亜風炉照美は檻に腕を伸ばし、ボタボタと落ちてくる雫を笑顔で迎えた。彼は鼻をつく強烈な匂いも気にせず、身体に刷り込むように血を塗った。

『ふふふ、これで僕はまた美しくなる。…さあ南雲、涼野、ここを処女の血でいっぱいにしておくれ!』

使用人は黙って頷くと地下室を後にした。彼は未だ降り注ぐ血の雨を見上げ、死んで恨めしげにこちらをみる娘と目が合うと、神々しいまでの笑みを浮かべた。


『僕の美しさの糧になることができて、嬉しいだろう?』

彼にとっては娘の外見や性格はどうでも良かった。死した彼女が彼の身の回りをいくら綺麗にしていたとしても、彼からすれば"糧"でしかないのだ。若い女は彼にとって、自らの美しさを増すための、道具でしかないのだ。

そして、方法は違えど数多の処女の血を絞り取り、血が溢れると彼は使用人に次の命令を指で表す。使用人は何も言わずに血を搾り取られ果てた女を地下室から運び上げる。使用人が向かうのは庭、彼女たちは死してなお"糧"となるのだ。庭に広がる薔薇園で、真っ赤に咲き誇る薔薇の糧に。

亜風炉照美は血の湯を堪能していたが、正午から来客があったことを思い出し眉を潜めた。彼は美しくないものは目にも入れたくないと、金を食らって醜く太る同じ身分の者を酷く嫌っていた。勿論、理想と現実が違うことは理解していたので、思っていても顔には微塵も出さなかったが。彼にとって来客とは違う種族がやってくるようなものであった。

ざぷん、とバスタブを出ると水とは違い、やや粘り気のある液体が身体を伝っていく。それを真っ白なタオルで拭き取れば、亜風炉照美は満足した。真っ白なタオルが赤くなった事は自らの美貌にも染み付いた事と同じであることを証明するからだ。彼は満遍なく身体を拭くと着替えた。いつもなら使用人にさせるが、彼らは来客を持て成しでいるからである。奉公にきた使用人に地下室を見せるわけにはいかないのだ。

血の匂いを香水で隠し、眩しい地上へ出る。どこにも人の気配がなかった為、まだ外にいるのだろうと悟った亜風炉は玄関の扉を開けた。広がる真っ赤な薔薇庭園の景色に、来客の姿を見つけた。来客は薔薇を見入っているらしく、使用人と共にゆっくり歩き、なかなか城へ来ない。普段なら苛立つものが、不思議となかった。

なぜならその来客は中年の男のように醜く太っておらず、そして、そんな輩は見もしない薔薇庭園の景色を食い入るように見ていたからだ。初めて処女の血を浴びた時以上の鼓動を、亜風炉照美は感じていた。


『おれ、円堂守です。』

円堂守は上級階級の息子で、マナーや戦を教える為にこの城へやってきた。亜風炉照美は醜い子豚を想像していたので、これは意外だった。彼は美に疎いこそあれ、美しかったのだ。美しいものは愛でるのが彼であったが、円堂をみているとどうしても地下室の光景が浮かんでしまう。「彼の血はきっと僕を美しくしてくれる」亜風炉照美の脳には愛でたい気持ちと自らの美貌が天秤にかけられていた。

『亜風炉子爵は、本当に美しいですね。』

『…そうかい?ありがとう』

彼は円堂守が来てから処女の血を浴びていなかった。万が一、円堂に悲鳴を聞かれてしまい、彼が自分を恐れることが恐ろしかった。そして、そこらの処女よりも円堂守の血の方が自らをより美しくさせるような気がしていたのだ。

彼を愛でたい気持ちと、糧にしてしまい気持ちが揺れる。以前の彼なら即日で血を搾り取っていただろうが、今の彼は別人のようだった。しかし、彼の瞳に写る薔薇園は処女の死体を埋めていないからか日に日に褪せていくようだった。

いくら彼を愛でたくとも、彼の内に潜む獣は限界だった。

『僕の美しさはね、処女の血液から成っているんだよ。』

亜風炉照美が柔らかく微笑み、円堂守の腕を掴んだ。彼は青ざめて暴れる様を想像していたが、それは違った。円堂守はただ頷くだけなのだ。恐怖で頭がおかしくなったのだろうと思ったが、それも違った。

『そうですか。』

彼は亜風炉照美を宝石をみるように眺めると、納得したように呟いた。困惑したのは亜風炉照美の方であった。抵抗する彼を地下室へ運び、どんな方法で血を抜こうか考えていたのに、納得されたのだ。そんな亜風炉をみて円堂は残念そうに小さく笑った。


『じゃあ俺は、亜風炉子爵の糧にはなれないのですね』

亜風炉照美はいよいよ困惑した。糧にして泣き叫ぶと思っていたが、むしろ糧なれないのかと言ったのだ。命拾いが出来たという顔でもなく、本当に残念そうな表情だ。

『君は、怖くないのかい?』

『どうしてですか?亜風炉子爵の美しさになって、最後は庭に咲くあの薔薇の栄養になるのでしょう?』

『間違ってはいないけれど、僕は酷いやり方で血を抜くんだ。君はきっと気を失うほどのね。』

なにをむきになっているのか亜風炉照美は分からなかった。怖がり、鬼畜と言われれば処女に行った罪を償おうと思っていたのに。肯定されてしまった。円堂を掴んでいた腕に、円堂が重ねた。

『亜風炉子爵を初めてみた時、なんて美しい人だろうと思いました。叶うなら、ずっと側でみていたいと。』

それは恋文のように優しい言葉だった。茶色の瞳は慈しむように亜風炉照美を見つめる。亜風炉照美はその腕をさらに重ねると、ゆっくり言葉を紡いだ。

『…僕で、いいのかい?』

円堂守は何も言わずにゆっくりと頷いた。2人は口付けを交した。それは契約のようにもみえる口付けだった。


それからその城がどうなったかは誰も知らない。城に入ったものは薔薇の糧となると恐れられ、誰も近寄らなくなったからだ。しかし、地下室ではきっと今も処女の血を浴びる2人がいるのだろう。美しさを求め、美しさに憧れ、美しくなろうとする2人が。そしてバスタブから血が溢れ出る頃、地上では使用人が穴を掘る音が聞こえることだろう。庭の敷地では足りず、どんどん広がっていく薔薇の園で、2人は愛を語らう。人の気配のない寂しい山の中、2人はお互いがいれば事足りるのだ。


その城の薔薇は、今日も真っ赤に咲いている。





(血と薔薇)
2010.08/24


 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -