病んでれ
『ね、円堂くん』
ヒロトに話し掛けられ、朝食が乗っていたプレートを持ったまま振り向いた。
『なんだ?』
ヒロトは思ったよりすぐ後ろに立っていた。それに少し驚いたが、言葉を続けた
『どうした?』
尋ねるが、ヒロトは嬉しそうにしている。
『うん、やっぱりいいね、円堂くん。君のその瞳』
うっとりした顔をしたヒロトの、病的に白い腕が俺に伸びた。
ぴたり、指は瞼に当てられ、やがて手のひらで目を覆うようにされた。視界がなくなった。
『…ヒロト?』
不安になって名前を呼んだが、ヒロトは答えなかった。腕から逃げるべく後退したが、どこにそんな力があるのか、ヒロトの握力で頭を掴まれてしまった。
『ヒロト!』
我慢が出来なくなって叫んだら、ようやくヒロトが口を開いた。
『そうだね円堂くん、君がそうやって俺の名前しか言えなくなればいいのに』
意味が分からなくて、ヒロトの表情が見たいのに手のひらが邪魔をする。
『ヒロト、手退けてくれよ』
持っているプレートがカタカタ揺れる、皿を落としたら大変なのに、そんなもの構わず逃げてしまいたくなった。
『円堂くん、好きだよ。好き。少し勿体無いけど、俺が円堂くんを愛していく為に考えた結果なんだ』
『…何を、』
何を言っているんだ、と言いかけた所で腕が離れた。少し距離をとれば、光に慣れない瞳はヒロトをぼやけて映した。
『円堂くんの目が、見えなくなりますように』
小瓶を持っていたヒロトは、俺の瞳を見つめながら物騒なことを言い放って、それから…
『え、?』
バツン、と急に停電したかのような暗闇が襲った。しかし今は朝だ、元から電気など着いていない
思考が着いていかず、目を確認しようとしてプレートを手離してしまった。
ガシャン!と脳に音が響くのに、床下をみるが、どの皿が割れたのか、いや、床さえ視界に入らない。
『ごめんね円堂くん、少し嘘をついたんだ。』
自分の目を覆っていると、ヒロトの腕が瞼を撫でた。翡翠のような瞳が綺麗だったのに、今じゃ何も、位置も、分からない。
皿が割れる音を聞いたのだろう、遠くからパタパタと人が走って来るのが聞こえた。
罪悪感も焦燥感の欠片もない声で、ヒロトは俺の瞼に少し唇を当て、囁いた。
『視界を奪ってまで、円堂くんに愛されたかったんだ。』
囁きは、どこか遠くの暗闇で聞こえた気がする。
(利己的ブラックアウト)
2011.06/12