幸福変愛


僕は左手で触れた物を結晶化する事が出来ました。
物、とは言っても結晶化した物は液体くらいしかありませんでしたが。
こんな力を持つせいか、生みの親にすら化物呼ばわりされてきました。
幼い頃の僕は、情けない事にそんな些細な事に一々心を痛めていたのです。
心を痛める原因ともなった、触れた物を結晶化する力ですが、素手で触れた物しか結晶化しないようでした。
その事が分かってからは、余計な物を結晶化させないように普段から手袋をつけることにしました。
それからは物を結晶化させる回数も減り、それに伴って心を痛める回数も減りました。
しかしながら、化物呼ばわりされるのはこの力のせいだけでは無いだろうと、僕は鏡を見る度に思います。
鏡に映る僕の姿は、左手指先から左胸にかけて水晶の鱗のような物が生えている、不気味なものだからです。
鱗が生えてきたのは小学六年の後半だったと思います。何故こんなものが生えてくるのか分かりませんでしたが、僕に生えてきたなら両親にも有るのではと観察を続けた結果、そんなものはありませんでした。実際、両親がこの鱗を見たとき青ざめたような顔をしていたので間違いないでしょう。
僕にはあって両の親には無い、詰まるところ僕は母親の腹から産まれていないのかも知れません。
親があんな顔をするのですから、赤の他人が見たら気絶するかもしれません。
なので、例に倣って長袖を着ることにしました。
夏は暑いですけど、不必要に嫌われるのも嫌だったので熱中症などの体調不良は中学一年の半ばには妥協しました。
結果的に、他人がそれを見て気絶するようなこともなかったので、まあ、満足しています。

時折、こんな力や鱗さえなければもう少しまともな人生だったのではと思ったりもしますが、無かったところで僕のこの性格では差が出来るわけもないという結論に至りました。普通に話しているように見えるでしょう?
結構辛いんですよ、こうやって他人と話すのって。


さて、僕の仕様もない昔話はこれでお仕舞いです。
それよりも、僕には不思議でしかたがない事が一つだけあるんです。
こんな詰まらない話を楽しそうに聞いている君です。
僕が今まで生きてきて、そんな人はいなかったしこれからもそうだろうと思ってました。
あまりの物好きさに呆れていたりもします。

なんでそんなに楽しそうなんですか?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


私の涙には味がありました。
悲しいときはしょっぱくて、嬉しいときは甘いんです。
なので、怒っているときに泣いたら辛いのかな、なんて思ったりもします。
へんてこな現象だとは思います。でも、辛いとか困るとかは思ったことはありません。
私の涙なんて舐める人なんていない……と言うか、人の涙を舐めようなんて特異的嗜好の人なんて私の周りにはいませんから、特に困るような事はありません。
どちらかと言えば、私は五体満足で両親も健在で普通の生活が出来ています。その時点で私は幸せな人生を送れているのだと思っています。
それどころか、もし、こんな私でも誰かを幸せに出来るなら、喜んで幸せにしてやろうと思いました。


そんな矢先、一人の青年と出会いました。
とても雨の強い日で、彼は傘を差して人がいない街の一角に佇んでいました。
傘の向こうに見える彼の表情は、どうにもこの雨空にそっくりなパッとしないものでした。
彼は左の手袋を外すと、左手を傘の外に出して掌の中に雨水を溜め始めました。
とても気になったので、
(彼自身ではなく、雨水を溜め始めた左手が)
人目も気にせず、
(上記の通り人がいない)
私も彼の手を見つめてみました。
私と彼の距離は遠くもなく近くもなくといったところですが、「普通気付くだろ、おい」とでも言いたくなる程、彼が私に気付く気配もありません。
そんなに雨水を溜めるのが楽しいんでしょうか。
まあ、気付くまで見ててやろうとガン見していると、彼の掌の中に何か透明な塊が生まれました。雨水が無くなっていたので、あの塊が雨水だったのでしょう。
塊は少しずつ大きくなって、そして芽を出しました。そのままぐんぐんと芽は成長して、蕾までつけやがりました。
咲くのか? 咲いちゃうのか? と私は内心テンションMaxです。
掌の中の蕾は、私の期待通り、咲きました。
この世の物では無いような、綺麗な花でした。時間をかけて凍った透明度の高い氷で出来ているかのようなそれは、氷のような冷たさを感じさせず、寧ろ暖かみを感じました。
私は、それを見た瞬間に、

「おぉー、すげー!」

素が出ました。すみません。
その声で漸く私に気付いた彼も「ひぃっ」と、正しく幽霊でも見たかのような悲鳴を漏らしました。

「だ、だれ!?」

どんだけ驚いてるんですか。私、幽霊じゃないですよ。

「通りすがりの村人Aです」

村人Aて……そんなゲームみたいな自己紹介あるか。

「いつから見てたの?」

おー、私の自己紹介はスルーか。動転しすぎて聞こえてないのか、それとも許容範囲が広いのか……。

「最初からですよ」

そりゃあ、ね。最初から今までの流れで、内心爆笑し過ぎて顔に出ていないか心配です。
「最初って、まさか」

「あなたが左手に雨水溜めてガン見してた辺りからです」

「……うそでしょ?」

「そんなしょーもない嘘ついてどうするんですか」

「う、うん、そう……だよね」

彼は百面相の達人なんでしょうか。さっきまで青ざめて顔が、今じゃ真っ赤です。
そりゃあ、相当恥ずかしいですよね。
誰もいないだろうと(確かに彼が確認したときはいなかったんでしょう)、街の一角で厨二的能力を発動させた挙げ句、誰とも知れない女に終始ガン見されていたんですから。
もし、私が彼と同じ立場にあったら、恥ずかしすぎて首吊り自殺を図っているかも知れません。

「あのー……、このこと、忘れてくれたりは……?」

「私の言うことを三つ、聞いてくれたら忘れてあげます」

条件を提示して笑うと、彼はまた青ざめて頷きました。
そして、この時、私の中で彼は百面相の達人だと確立しました。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


二人とも特に雨で濡れたりはしていなかったので、その足で近くにあった某ファミレスに入りました。
お昼時は過ぎているのにも関わらず、それなりに人が入っています。
「いらっしゃいませー、お二人様ですか?」と声を上げた営業スマイルをぴったり張り付けた店員に「はい」と返事を返し、案内された窓側の席につきます。

「取り敢えず、チョコレートパフェ一つ」

席につくとほぼ同時に注文して、店員が適当に確認をとってから厨房へと向かっていきました。
それを見送って、彼と向き合って笑ってみます。

「一つ目はあれです」

「チョコレートパフェ?」

「はい。私の大好物です」

「誰も聞いてないよ」

「そうですか。それで、二つ目なんですけど……」

「流れがおかしいよね?」

「あなたの話を聞かせてくれませんか? 昔話でもいいです」

「僕の話? 何で?」

「さっきのアレで興味が湧きました。駄目ですか?」

「忘れてくれるんじゃなかったの!?」

「それとこれは別です。ほら、さっきのアレは忘れてあげますから」

「……君も物好きだね」

「よく言われます」

ケラリと笑うと、彼も笑いました。とは言え、彼のそれは苦笑いでしたが。
それから彼は、彼の昔話を語ってくれました。
触れた物を結晶化出来ること、その事で実の親にすら化物呼ばわりされていたこと、その他諸々。
よくもまあ、初対面の人間にここまで喋れるな、と思う程重い内容でしたが、話せと言ったのは私なので黙っていましたが。
因みにチョコレートパフェですが、彼の話の途中で運ばれてきたので、食べながら話を聞きました。食レポとかは出来ないのでチョコレートパフェに関しては以上です。

「とんでもない人生送ってますね。私的には母親の腹から産まれてないって辺りが一番面白かったです」

「……楽しかった?」

「とっても。ある意味では幸せです」

「幸せ、なの?」

「ええ。私にとって楽しいことは幸せなのとほぼ一緒なので」

そう。私にとってそれはイコールで繋がっている。一般世間の人はどうなのか知らないですけど。

「ところで、あなたは幸せですか?」

だから、そう聞いた。彼にとって楽しいことと幸せがイコールであるかは、私には分かりかねるから。

「え?」

「幸せですか?って聞きました」

「……どうだろう……そんなに幸せじゃないかも」

眉尻を下げて笑う顏は、幸せじゃない人がよくしますよね。二、三年人を観察していて気付いたことですけど。

「でしょうね。そんな顏してますもん」

「それは……ありがとう。でも、君は本当に楽しそうだけど、なんでなの?」

「それはですね、今から私の夢が叶えられるからですよ」

「夢? なにそれ、不幸な人を更に不幸に陥れたりするの?」

「そんなことするように見えますか?」

「……うん。出会って数時間だけど、今までの言動からするに」

「私は数時間でそんな風に思われてたんですか、残念です。全く、逆ですよ、逆。私の夢は……」

息を深めに吸って、少し強めに吐き出して言ってやる。
耳かっぽじって聞いてください。

「私の夢は不幸だと思っている可哀想な人を幸せにしてやることです!」

思ったよりも大きかった、声が。今、このファミレスに入る人の半分くらいの視線を集めてしまったのではないでしょうか。
向かい側の彼も、若干唖然としている気がします。

「……ずいぶん大きい夢だね……?」

「だって、自分の周りの人が不幸なのは嫌じゃないですか」

自分に不幸が寄ってくる感じがして。
逆に周りが幸せなら幸せが寄ってくる感じがするじゃないですか。

「そういうものかな?」

「そういうもんです。ので、三つ目。私に幸せにされてください」

言ってから思った。これは、まるで……

「……プロポーズ?」

「……あー、はい。言ってから思いました」

これは恥ずかしい。彼のアレよりも恥ずかしいかもしれないです。

「君は本当に面白い人だね。もう少し早くに出会えていたら、僕の人生も少しは変わってたのかもね」

「かもね、じゃなく、変えてやります。どうせその調子じゃ、私みたいな物好きでもない限り結婚はおろか恋愛もそうそう無いんでしょうから私が貰ってあげます」

ファミレスで告白してやりました。もうさっきので吹っ切れましたので。
出会って数時間ですけど、正直一目惚れだったので後悔はしてないです。

「……ははは…あははははっ」

彼は小さく笑い始め、次第に大きく笑いました。
私の突然の告白で頭がイカれてしまったんでしょうか……?

「そうだね、君の言う通りだ。こんな僕を好いてくれる人なんて、君くらいなんだろうね」

とうとう自虐に走ってしまったんですか。こうなってくると私もどうしていいか分からないです。

「不束者ですが、宜しくお願いします」

女か。女だったんですか。私には同性と付き合う趣味はありませんよ。

「……男性、ですよね?」

「女に見える?」

「いえ……見た目は男です」

「なに、その中身は女でしょう、みたいな……」

「違うんですか?」

「違うよ。心身共に男だよ」

「そうですか。じゃあ、問題ないです」




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「私の涙、味があるんですよ」

「へー、どんな味?」

「悲しいときはしょっぱくて、嬉しいときは甘いです」

「今度舐めてみてもいい?」

「え?」

「え?」



20130911


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