透明に熔ける



―――黒い影は、注ぐ月光のもとで静かに微笑んだ。


目を醒ますとそこにはいつもの天井が広がっていて、"夢"が終わりを告げたことを犇(ひし)と物語っていた。
僕の胸には、彼が"消えて"しまったことで虚しさが漂い始めていて、あまりの虚しさに僕は世界から飛び降りてしまいそうだった。

ふと、枕元に置いていた鏡を手にとって自分の顔を映すと、そこには左右同色の瞳を持った僕がいた。

「早く……早く」

もう僕の中に彼はいない。直ぐに来ると言ったのに、気配は一向に揺らめかない。
冷える床に素足を這わせて、暗雲立ち込める空を切り取る窓枠に手をかける。



このまま足を掛けて重心を前に掛ければこんな身体、時間なんて感じることなく打ち付けられて粉々になるんだ。



とてつもなく魅力的だった。
この身体はどのくらい粉々になるのか、沸々と興味が茹だる。

僕の視線は無意識に空中を泳ぐ紅を捉えた。捉えてしまった。
そのまま僕の身体は彼を掴み取ろうと手を伸ばし、重心がずれて、傾く。

堕ちるのだと、嫌に冴えた頭が理解した。
彼に逢う前に粉々になるのだと、堕ち始める身体が強ばった。
とてつもなく魅力的に感じたそれは、たった数秒で仮面を付け替えて、いつの間にか絶望的に。
こんな……こんな呆気ない結末なんて望んでいなかったのに、世界を手のひらの上で玩ぶ神様なんてものは、要らなくなった玩具のように僕を放り棄てる。
空に食らいついてやろうと手を伸ばしても届きやしない。

「全く、自分を殺すのが早すぎるんじゃないか?」

さっきまで僕が手をかけていた窓枠に片手をついて、もう片方の手で僕の腕を掴む"何か"が音を溢す。
そのまま強い力に引かれて、空を昇り、部屋に引きずり込まれる。

「……っ」

顔を上げて"何か"を見上げれば、そこには夢の中に広がっていた紅い色があった。僕は、それが彼だと理解するために数秒間を要した。

「なんで、」

「愚問だな。お前が直ぐに来いと、言ったのだろう?」

そう言って笑う彼を、色に例えるならば正しく透明だと、頭の片隅に浮かぶ。けれども、今はそんなことどうでもよくて、早くこの想いを吐き出したかった。なのに、喉は形になれない音で詰まり、あまりの苦しさに涙が溢れる。

「もう、お前を離しはしない。苟且の体は滅びたのだから」

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

そして僕たちは
透明に熔けるんだ


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