虐待の跡

―――耳を塞いだ。


ねぇ、怖いんだ。
愛し合った二人が怒鳴りあう。
愛し合った二人が殴りあう。
数メートルも距離を隔てているのに、耳を塞ぐ両の手を擦り抜けて心を刺す。
痛い、……痛いんだ。
弱いこの心を塞げば、痛みは無くなるだろうか?


階段を登る音がする。
僕が隅に蹲る部屋の扉が開く。
入ってくる、男の影。


「ごめんなさい」


ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさい

どれだけこの言葉を紡いだか。
いや、どれだけ紡ごうとも、男にはこれっぽっちも届きはしないのだから、紡ぐだけ無駄なのだ。
なのに、学習しないこの脳は「ごめんなさい」を紡ぎ続ける。


男の手が胸倉に伸びる。
男の手が振り上げられる。


―――目を塞いだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


身体中を這う痣たちに、
愛なんて存在しやしない。
身体に残るのは、痛みと吐き気。
心に残るのは、痛みと絶望。


20110921




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