W



貴様が生きていたら……、等と下らない事を暗がりに佇みながら考える。
仮定など、しても無駄だというのに。
頭の片隅では理解しているのに、大半を占めるのは貴様のこと。

何故、死んでしまったのだ。
我輩が、貴様を殺すはずだったのに。

何故、約束を破ったのだ。
永遠を、誓うはずだったのに。

貴様の、嘲りの笑顔と、愛を囁く笑顔の間に疑問ばかりが浮かんで仕方がない。
心、などという非科学的なものが何処かしらで締め付けられたような気がする。きっと、それがあまりにも痛かっただけなのだ。この頬を音もなく、涙が伝うのは。

「約束など、しなければ良かったのかも知れぬ」

誰に投げ掛けるでもなく、ただ、暗がりから見える、闇色に染まり行く空へ呟く。


‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 


「君は、何処に行きたい?」

「別に、何処にも」


彼は暖炉の近くのソファーに寝転がり、僕はそのソファーの肘掛けに座り本を読んでいた。それまで静かだった空間に落とされた他愛もない会話。
行きたくない、そう続くはずの言葉は続かなかった。彼になら、言わずとも分かるはずだと確信していたから。

「そんなこと言わずにさ、何処行きたい?」

「しつこい。行きたいところなど無いし、何処かへ行きたいのなら一人で行けばいいだろう」

読んでいた本に栞を挟みパタリと閉じた。本から目を離し、彼に向けると、彼はいつも通り太陽のように笑っている。

「えー、やだよ。だって、たった一度じゃないか」

仰向けで伸ばしてきた彼の右手を、届く前に払い除ける。

「君が行きたいところならどこでもいいんだよ。ね?」

「……貴様は諦めるという言葉を知らないのか?」

「うん、知らない。だから、早く」

言い切った時の笑顔の清々しさといったら。僕からすればうざったいだけだが。

「さっきも言っただろう? 行きたいところは無いんだ」

彼の笑顔が明らかに影を落とす。
無い、と言うよりは、分からない、といった方が正しかったかもしれない。
僕が知っている場所と言えば、此処と幼い頃に住んでいた嫌な記憶しかない家だけだ。


「……でも、見たいものなら……ある」

「な、何っ!?」

「それは……」


‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 


あの時、我輩はなんと言ったか……。
貴様が死んでからそんなに月日も経っていないはずなのに、遠い昔のことだったかのようにそこから先だけが抜け落ちている。
花を見たいと言ったのかも知れない。
空を見たいと言ったのかも知れない。
思い出そうとすればするほど記憶は底無し沼に沈んでいってしまう。

だから、我輩は貴様が生きていたら、等という仮定を立てるのだ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「ほら、君が見に行きたいって
      言ったんじゃないか」

神秘の橋(morning glory)を!

20110918


[ 21/71 ]

[]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -