V



黒を纏い歩く姿は、宛(さなが)ら、するすると狭い管をも抜け行く蛇のようで、掴み所が無いほどに朧気だった。
漆黒に濡れる瞳は光を捉えることをせず、ただ目の前にある渾沌とした闇だけを映す。

はぁ……、と溜め息のように漏らした肺を巡った空気は、外界の温度に馴染むこともせず白く、白く、己の存在を誇示していた。

「………」

仄暗い廊下の真ん中で数冊の本を抱えながら、虚空に音を浮かべようとして失敗する。
音を浮かべることなど、無意味なものだと男の脳が判断したのだろう。
静かに纏わり付く記憶(影)を振り払うかの如く首を横に振り、もう一度溜め息を漏らす。

「馬鹿馬鹿しい。忌々しい感傷に浸るなどとは……」

そして男は、闇に溶け込むように影を引き連れて歩き始める。

「貴様はもういないというのに」


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我輩に疵を刻むだけ刻み
貴様は先に死に逝くなど
本当に馬鹿馬鹿しく忌々しい



20110918


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