deliverance 1 転がりこむように駈け込んだ先は埃っぽい資材置き場だった。山と積まれたダンボールの横に、愛用ダンボールを被って並ぶ。 壁一枚隔てたすぐ横の廊下を駆け抜けていく慌ただしい足音。警戒レベルは99.99、見つかるのは時間の問題だろう。 敵兵の気配に気を配りながら、スネークは無線機をオンにした。 「こちらスネーク、まずい、敵に見つかった」 「ああ、警戒レベルが上がってる。どうだ、なんとかやり過ごせそうか…?」 「いや…」 今回の任務で潜り込んだ敵施設は、司令官が余程の心配症なのだろうか、やけに警備が厳重だった。おまけにクリアリングも相当しつこい。 逃げ込んだ先があまり使われていないらしい資材置き場だったからまだ良かったものの、警備は減るどころか今なお増え続けている。目的の重要書類はまだ施設のさらに奥で、出口までもかなりあるため退く事も出来ない。 まさに進退極れり。運よく見つからずに警戒が解かれるのを待つしかないだろう。 「…と、こういう状況だ。とにかくもうしばらく様子を見てみる」 「わかった。引けそうだったら一度引いてくれ。今回はもともと困難なミッションなんだ、無茶だけはするなよ」 「ああ、分かってる」 無線をオフにすると、ダンボールの隙間からのぞく薄暗い部屋、壁の向こうの敵兵に意識を集中し直す。この窮地から生還するための策を巡らせる。 今回の任務は、いつも以上に厳しいものだった。何度も和平達と作戦を練り直し、ようやく今日決行されたものだ。 敵地の様子をより探りやすくするため、このすぐ近くの廃墟には即席の司令室が作ってある。そこには実戦とサポートの精鋭が数名、MSF副司令である和平とともに待機していた。 いつもに増して頼もしいサポートと、何より味方がすぐ近くに控えているという事実が、この状況下においても心強く思える。 だが敵兵のクリアリングが未だしつこく行われているのも確かで、ここは仲間をよこしてもらうのも一つの手かもしれない。そう思いスネークは無線にもう一度手を伸ばした。が、呼び出そうとした瞬間、逆にコールを受ける。 「カズ、どうした?」 「スネーク、状況はあまり芳しくないようだな…まだ敵兵があんたを探しまわってる」 「ああ、見つかるのも時間の問題だろう」 「そこでだ、スネーク。俺に考えがある」 「なんだ」 「陽動作戦だ。あんたはそこを動かないでくれ、しばらくしたら敵兵は減るはずだ」 「…わかった。頼んだぞ」 何をするきだろうか皆目見当もつかないが、今は和平を信用するしかない。 彼を、彼の作戦を不安視するつもりはまるでないのだが、スネークは何故だか、妙に引っ掛かるものを感じていた。 精鋭達が作戦をしくじることもないだろうが、数多の任務で自分の命を救ってきた野性の勘が、警鐘を鳴らしている。 今回ばかりはこの勘が外れてくれるよう祈りつつ、スネークは敵兵が動くのを待ち続けた。 そんな不安を抱きつつ待つこと数分。ふいに見張りの足音が遠ざかって行く。 どうやら杞憂だったらしい。作戦成功の無線を入れようと、三度無線に手を伸ばす。 が、無線は繋がらなかった。司令室の方のスイッチがオフになっているのだろうか。いやしかし、作戦中にそんなことは今まで一度たりとも起らなかった。 もしや司令室で何か起こったのか。 嫌な予感がして、ダンボールを飛び出した。気配を消しつつ部屋から滑るように抜け出すと、さっきまで厳重だった警備が嘘のように手薄になっていた。 手近な敵兵の背後に忍び寄る。素早く相手の体を掴むと、次の瞬間には、ナイフをその首元に突きつけていた。 「言え、外で何があった。何故警備を薄くした」 「し、敷地内に敵が潜伏していると連絡があって…」 「何!?くそ…カズの奴……」 陽動作戦とはよく言ったものだ。ようは敷地内に設置した司令室をわざと敵に見つけさせ、敵がそちらに兵を裂くように仕向けたのだろう。 少し力を入れて締めてやれば、兵士は呆気なく落ちた。役に立たなくなった自前の無線機の代わりに、敵のそれを奪って耳に当てる。 すると、タイミングを見計らったかのように、HQからの無線が入った。 『こちらHQ。施設内部にて敵司令官を捕獲。敷地内に他にも敵兵が潜んでいるとみられる。早急に対処せよ』 「司令官…カズのことか」 自分を窮地から救い出すべく、和平が囮になったらしい。他の兵士たちも今頃は密集した警備を手薄にすべく、敷地内を必死に駆け回っているのだろう。 囮になって捕えられた和平に、何より危うい状況に陥っていた自分に無性に腹がたつ。 伸びていた敵兵士を叩き起こすと、捕虜収監施設の位置を聞き出す。 無線では捕獲といっていた。せめて和平の命が、敵方にとって価値あるものであって欲しいと願いながら、スネークは強く廊下を蹴りだした。 |