(ラグとニッチとジギー)
見知った姿を目にしてラグはぴたりと足を止める。ラグの後ろを歩いていたニッチはその彼の背中にぶつかりかけるが、すんでのとこで止まることに成功した。
「ラグ?」
「ジギーさん!」
首を傾げて問うニッチを無視し、ラグは声をあげる。後ろでニッチがむっとするのにも気付かずジギーの元に駆けていった。
「お久しぶりです!帰館してたんですね」
「ああ、さっきな」
口の端を緩めながら答えるジギーにラグはそうなんですか、と笑顔を返す。追い付いたニッチはつまらなそうにステーキの尻尾を引っ張っていた。
「あ。ザジ、ですよね。今日はたしか配達がないから家にいるんじゃ…」
「いや、違う」
「へ?」
思ってもみなかった返答にラグは間抜けな声をあげてしまう。そして続く言葉に、さらに疑問符を浮かべることとなった。
「話を聞いてくれる奴を探していてな。ラグ・シーイング、時間があるならちょっといいか」
「え、ザジがさん付けを外してくれない?」
ああ、と呟いてジギーは視線を逸らす。こういった相談をするのは恥ずかしいのだろう、ほんのり頬が赤みをさしているようにもみえる。だがラグはそんなジギーの様子を気にした風もなく、小さく口を開いた。
「難しいと、思いますよ」
「そうか…」
芳しくない返答にジギーの眉根が僅かに下がる。
「はい。少し前の話しなんですけど、
その日もザジはうちにご飯食べにきてて、シルベットが席を外してる間に気になってたことを聞いたんです。はい、呼び方についてですよ。
「ザジってさ、ジギーさんのこと呼び捨てしないの?」
「ぶっ…!」
もうそのときのザジったらすごい驚きようで、口の中に詰め込んだパンを吹き出した後、しばらく止まってました。
「……は?」
「だから呼び名。フルネームで呼んでるのとさん付けは聞くけど、名前では呼ばないよね?」
「ば、ばばばばか!呼べるわけねえだろ…!!」
恋人なのに?って聞いたら、湯気が出るくらい真っ赤になってましたよ。それでも絞り出すようにこう答えてくれました。
「ジギーさんは、オレの尊敬する人だ。だから呼び捨てなんてできねえっての。たとえ…こ、恋人でもな!」
だから、難しいと思います」
無表情で困ったな、と呟くジギーにラグは小さく笑った。
「それを言うなら、ゴーシュだっていまだに敬語外してくれないんですよ」
「そうなのか?」
微かに目を見開いてジギーは驚いた様子をみせる。はい、と返事をしてラグは口を尖らせた。
「ぼくは敬語外してって言ってるのに癖みたいなものだからって。シルベットには敬語使わないのに!」
むっとしたままそう言うラグにジギーは苦笑する。
「でも、たまに外れることがあるんです。そのときが嬉しくって…!だから、」
気長に待ってたらいつか呼んでくれると思いますよ?
不機嫌な顔から一変、ラグは笑顔になった。それにつられてジギーも笑う。席を外すように言われてどこかに行っていたニッチとステーキも、いつのまにか戻ってきていた。
「どうしてもいやならへんじしなければいい。ニッチもほんとならディンゴのニッチがよいのだぞ、ラグ!」
「ええ?それ長くて呼びにくいんだけどな」
「よぶのすくなくなるか?」
「うん」
「むう。ならしかたないな」
自分そっちのけで進む会話をジギーはそっと見つめていたが、少ししてラグの髪をくしゃりと撫でると二人に背を向けた。
「いい話を聞けた。礼を言う」
「…!っはい!」
しばらく放って置かれたニッチが怒ってラグを困らせるのは、また、別のお話。
特別な音色
君の声で、呼ばれたいんだ
09*11*22