部室の鍵を借りに行くと、いつも一番最初に来るのは自分だというのに、もう借りられている旨を伝えられた。キャプテンだろうかと疑問に思いながら目的の場所に向かうと、まだ明かりは点いていない。よもや誰かが鍵を返し忘れていただけなのかと思い至り、自然と眉根が寄る。
(おそらく黄瀬あたりだろう、きつく言っておかねば)
涙目になって謝る黄色い大型犬の姿を想像すれば、少しばかり胸がすいた。いつまでも思案していては時間の無駄だとドアノブに手をかけ、ひねると予想通り簡単に扉が開く。扉横にある電気のスイッチを入れ、後ろ手で扉を閉めようとしたところで目にしたのはしかし、予想外のもの。こちらに背を向けてベンチに座り込む後ろ姿が誰かなど、見間違うはずもない。
「…あ、」
おみね、と続くはずだった呟きは、扉が閉まる音に掻き消された。
眩しすぎた
光の慟哭
「…珍しいな。まさかオマエが一番に来ているとは思わなかったのだよ」
なんとも言えない状況に、いっそ誰かの鍵の返し忘れで済めばよかったのにと思わずにはいられない。最近練習をサボりがちになったコイツが、時間通りに朝練に来ることは、滅多になくなった。それがこうして誰もいないような早朝に来ているのである、何かあるのではと疑わないほうがおかしい。
当たり障りのない言葉を投げかけたつもりだが、その声が震えていたような気がする。
口の中が妙に渇いた。
「らしくねえな。遠慮なんてしてんじゃねえよ」
はっと笑って言葉を返す青峰に違和感が拭えない。ここで言っても詮なきことだが、少し前のアイツならこんな笑い方はしなかった。
「遠慮などするか」
虚しさが口をついて出ようとするのを抑えこんで自分らしいと思える返答を返す。けれどもそれは鼻で笑われるだけで終わった。
「なら同情か?それとも馬鹿にしてんのか?」
「何、を」
「なあ、」
畳み掛けるように発せられる言葉に圧倒される。座ったまま天を仰いで音にしたヤツの声は、泣きそうに掠れていたように感じた。
「なあ、オレを、バスケが好きなままでいさせてくれよ」
オレと青峰以外誰もいない部室に静かな嘆きが響き渡る。
(…ああ、泣きそうだ)
やはり思っていた通りらしい。強敵と闘うことに楽しみを見出だしていた青峰にあの試合は随分と堪えたようだ。
じくじくと胸の奥が痛む。
目に見えて入っていく亀裂に何もできない自分が腹立たしい。らしさを脱ぎ捨てて泣き喚きたかった。しかし高すぎるプライドがそれを許さない。
それでも、と思う。
慰めにもならないかもしれないが、オレがコイツのために何かできたら、と。
まだ10分程なら時間がある。そういえば背は自分のほうが高かったのかと、いつになく小さく見える背中に思い知らされながら、そっと手をのばす。
「マジで、らしくねえよ」
苦々しく吐き出された呟きは、聞こえないふりを決め込んだ。
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青緑の日に書いて、あげれてなかったもの。帝光青緑を祝うはずが何故か微シリアスな雰囲気になりました。おかしい。