「これはいる、これは…捨てる、これは…」
独り言を呟きながら、自室のものを手当たり次第に仕分けする 二十数年実家暮らしを貫いてきたが、来週この家を出て行く 生まれて初めて引越しをする理由は至って平凡 彼氏である木兎光太郎と同棲を始める為だ。お父さんは最後まで納得していないようだったけれど、光太郎を気に入ったお母さんに上手く丸め込まれていたなあ
「…全然片付かないなあ」
何せ二十数年の荷物が蓄積されているのだ。一筋縄で行くはずがない 溜息と弱音を吐きながら、山のようになったゴミ袋と目が合った 1、2、3…6袋もある大きなゴミ袋 これ捨てに行くのも面倒だな そもそもいつか使うかもしれないと取っておくのが私の悪い癖だ。3ヶ月以内に使わないものはもう二度と使わないって何かで見たのにな
この服はカーディガンと合わせれば着られるかも、とコーディネートを考えたりこれは19の時にデートの為に買ったやつだ…とか考えて、完全に手が止まった時 どたどた、とかどすどす、っていうのがぴったりな足音を立てて誰かが上がって来る。
「おっす!片付いたかー?」
ノックもせずに入ってきたのは、恋人である光太郎 まあうちに出入りする人間でこんなに賑やかな足音を奏でるのは光太郎しかいないんだけど。
「なまえが掃除してるから手伝ってあげてってメールもらったんだよ」
「もしかしてお母さんから?」
「おう」
いつの間に光太郎のアドレスをゲットしていたんだ…侮るなかれ母 手伝ってもらうと言っても、私物の仕分けをしていたのをどう手伝ってもらえば良いのか ゴミ袋を捨てに行ってもらおうかと思ったけれど、ゴミの日は2日後。下に降ろしても邪魔になるだけだ
「光太郎こそ掃除終わったわけ?」
「俺?まだだけど、まあ大丈夫だって!なんとかなるだろ」
「そう言ってまた赤葦くんに泣き付くの止めてよね」
「いやいや、今回はさすがに赤葦には頼まねーって!」
「とにかく、最初から荷物多いのは嫌だからね」
「分かってるって…にしてもすっげえな、空き巣でも来たのかよ」
「見れば分かんでしょ、仕分けしてんの」
片付けられない私が言うのも何だけど、光太郎と私の部屋ってきっと汚くなると思う 私は服もバッグもなかなか捨てられないし、光太郎はおもしろそうなものはすぐに買っちゃうタチだから、お互い持ち込む物は多いだろう。 収納スペースの多い部屋を選んだつもりではいるけれど、新生活を始めるのだから荷物の精査には神経質になる(とか言いつつ全然片付かないんだけどさ)
「まあ俺が来れば百人力だ!力仕事は任せとけ!」
「ありがと、頼もしいわ〜」
仕分けをするのにどこに力仕事が生まれるのかという質問は今更だから止めておこう。 まああのままだと手が止まったままだったから、切り替えるきっかけを貰えたのは素直にありがたいと思う
▼▼▼ 30分後、引き続き取捨選択をしている私とは裏腹に、助っ人であるはずの光太郎はベッドで漫画を読んでいた
「なまえ、これの13巻どこにある?」
「あー、友達に貸して返ってきてない」
「うそだろ!こんな良いとこで!うおおお気になる!ホーク死ぬのか!?」
「あー、ホークちゃんはねえ…」
「言わなくていい!」
だけど気になると悶絶している光太郎に、お前は何をしに来たんだという思いを込めてデコピンをしておいた。本人は痛くも何ともないようで、13巻…13巻…としきりに呟いてる(恐いわ)
「とにかく私は掃除の続き…あ、」
掃除していた箱の奥底から出て来たものを見て驚いた。 小さい頃なくしたと思っていたクマのぬいぐるみが入っていて、引き上げてみれば少し疲れた様子のボタンの瞳が私を見た
「クマ?」
「そう、小さい頃おばあちゃんに買ってもらったの。私の親友」
小さい頃人見知りで友達が少なかった私。そんな私のことを心配したおばあちゃんが買ってくれたのがこのぬいぐるみで、私の大切な友達になった お母さんに怒られた時も幼稚園に行きたくない時も、いつも傍に居てくれたのはこのぬいぐるみで なくなった時は世界の終わりのように泣き喚いていたのを今でも覚えている
「なくしたと思ってたらここにあったんだ。掃除してみるもんだねえ」
「良かったな!見つかって」
「うん…まあ」
見つかったことは嬉しいけれど、もう一緒に遊べるわけでもないし話掛けるような年でもない。親友で居られる時間は何年も前に過ぎてしまったのだ
「最後に見付けられて良かったよ」
「最後?」
「新しい家には持っていけないよ。ちょっと寂しいけどさ」
光太郎に要らないものは置いていけと言っている手前、このぬいぐるみを連れて行くことはできそうにない。捨てるのは寂しいから実家のクローゼットに眠らせておこう クローゼットの扉を開けて、光太郎に背を向けた時だった
「でも、好きなんだろ?」
急に真面目なトーンでそう投げかけるものだから、驚いて振り向いた 射抜くように真剣な視線が私に向いていて、悪いことはしていないはずなのになんだかドキドキしてきて ぬいぐるみをぎゅう、と抱きしめる
「そりゃあ、宝物だったから…好きだし…だけど」
「じゃあ持って来いよ。なまえの宝物ならそれは必要なもんだって」
「だけど荷物増えたら…」
「じゃあ俺の荷物減らすわ」
何言ってんの、と言いながら光太郎と視線を交えた ふざけているようにも遠慮しているようにも到底見えない。下手したら私物は一切持ち込まないような気さえする
「それに、なまえの宝物は俺の宝物だもんな!」
「急に何言ってんの」
「何って、なまえは俺の宝物だから、なまえの宝物は自然とそうなるだろ?」
「何だそのぶっ飛んだ発想は」
ばかじゃないの、と言いつつも自然と上がる口角を抑えることができずに居た 悪態を吐きつつも、そう言われたことが嬉しいのと恥ずかしいのとでドキドキしてしまう
「なまえを作ってきたものは、何でも大事にしてやりてえからな」
さっきから恥ずかしい言葉をたくさんくれる光太郎に気恥かしくなっていれば、光太郎はベッドから降りて私の前に立つ 一体何かと思えば、くまの頭を撫でてから私の額にキスを落とす
あまりに自然な流れで行われたそれに抗うこともできずに居れば、部屋中がなんだか甘ったるい空気に包まれる。胸が温かいのはぬいぐるみとの思い出のお陰か、それとも光太郎の言葉なのか。何かは分からないけどふわふわして溶けてしまいそうだ それでも 「これから同棲するんだし少しくらい絆されても良いかな」なんて現金なことを考えて、唇に降りて来たキスに目を閉じた
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