別に、ここに来るつもりはなかった。いやマジで。
 ロードワーク中にいつもと違うコースでも走ろうかと思って、気付いたらここに来てた。しかも都合よくアイツのバイトが終わる時間に、だ。…このまま通りすぎてロードワークを続けてもいいんだが、どうせならアイツを家まで送ってやりたい。最近この辺、物騒だし。でもなんで来たんだと言われたとき、俺はなんて答えればいいんだろうか。ぼーっとロードワークしてたらここに来てた、なんて素直に答えたらバカにされるだろうし、迎えに来たなんて言ったらアイツのことだろうから気持ち悪がるだろ。どっちにしろダメじゃねーか、どうすりゃいいんだ。

「…」

 取り敢えずさみィし、コーヒーとココア買って待ってることにする。あれ、あいつココアよりミルクティーのが好きだったか?しまった、またぼーっとしてた。


 ガードレールに腰掛けてアイツがでてくるのを待っていると数人がゾロゾロと従業員口らしきところから出てきた。そろそろか。少し薄暗いそこを目を凝らして見ていると、…いた。寒さで首を縮めて背中を丸めたアイツ…と、オイ待て誰だその隣の男。なに背中に手添えてんだふざけんな、触るなクソ。

「オイ」
「エッ…、え、やだ鎌ち?なんでここにいんの!?」
「あー…たま、たま?じゃなくて、あのー迎えにきた…みたいな」
「ウソ、ほんとに?珍しい」
「お友達…じゃなくて、彼氏さん、かな?」
「ああハイ、一応」

 一応ってなんだ、一応って。れっきとした彼氏だろうが!そう言ってやりたかったが、隣の男が人のよさそうな顔で笑って会釈してきたもんだから、つい俺もつられて会釈してしまったもんだから、言うタイミングを失ってしまった。『こんにちは、いつもなまえちゃんにはお世話になってます』とか言ってくるから『こ、こちらこそ…』とつい返してしまったが、ちげえ。俺が言いたいのはそんなんじゃなくて、その背中の手を今すぐ離せ、だ、クソ。

「スズキさん、今日はすいませんでしたホント。…今日はこのまま帰ります」
「いやいや、大丈夫だよ。早く帰ってゆっくり休んでね」
「はい、お疲れさまでした…」
「うん、お大事にね」

 『じゃあ僕はこれで』と言ってぺこりと頭をさげたスズキさんとやらに、またつられて頭を下げてしまった。なまえはぷらぷらと手を振っていた。なんだ、てっきりコイツに気があるのかと思ったがそういうんじゃねえのか。いや気があったとしてもさすがに彼氏が来たら誰でも引き下がるよな。スズキ…さん、油断ならねえ。

「で、どうしたの?迎えに来たことなんてなかったじゃん」
「あー…おう、そうだな」
「えーなになに、わたしに会いたくなったとか?」
「そ、そんなんじゃねえよ調子のんなバカ!」
「ふうん、あっそ」

 バカって言うことないじゃん、そう言ったなまえの様子がどこかいつもと違うがして、じっと見下ろした。冬の夜の薄暗さで、その顔はよく見えない。気のせいか?と思いながらポケットに突っ込んでいたココアを渡すと、案の定『えーミルクティーがよかった』と言われた。生意気だ、お前は。

▽▽

 自転車をひくなまえの隣を、コーヒーを啜りながら歩いた。普段から歩くのが遅えのは知ってるが、今日はいつもよりも遅い気がする。やっぱりなんかおかしくないか。なまえ、と呼びかけるとなに?と見上げてくる。街灯で、はっきりとその顔を見ることができた。やっぱり少し具合が悪そうに…見える、多分。俺は本当にこういうところに疎い。コイツの空元気を見抜くのが苦手だ。

「お前、具合悪いのか」
「えっ…なんで」
「なんか元気ねーっつか」
「あー…まあうん。月の使者がさっきやってきまして、ただいま絶不調です」
「つ、月の使者…?」

 何のことだかわからなくて、『お前、なに言ってんだ?』と心配すれば『生理だよボケ空気読め!』とぶん殴られた。知るか、月の死者が生理のことだなんて知るか!
 まあ確かにコイツのその、なんだ、生理痛?ってのが重いって言うのは前々から聞いていた。定期的に再起不能なまでにいつものバカうるせー元気をなくしているところも何度か見ている。俺は女じゃねーから一生その辛さを知ることはないだろうが、相当なもんなんだろう。あのうるせえなまえを黙らせるくらいの辛さなんて味わいたくもない。だけどなまえの辛さは軽減してやりたい。なにしたらいいか、わかんねーけど。

「えっと…俺、なんかしたほうがいいのか」
「え?なに。薬でも買って来てくれるの?」
「薬?なに買ってくればいいんだ!?」
「いやウソだから。買ってこなくていいよもう家帰るだけだし」
「そ、そうか…」

 あ?ていうかもしかしてコイツが早く家に帰りたいところを、俺が迎えに来たことによって邪魔してるのか?俺がいなけりゃ、こうしてチャリをおさずに帰れてるんだよな。やべえマジかよ俺、タイミング悪すぎんだろ…。急に罪悪感に襲われて、いますぐチャリに跨って急いで家に帰って薬飲んで歯磨いてクソして寝ろと言いたくなった。なまえが俺の名前を呼んでなけりゃ、その言葉を口にしていたかもしれない。

「…ねえ鎌ち」
「あ?」
「わたしの生理痛の辛さは、いつも訴えてるじゃないですか。たぶん、伝わってないんだろうけど」
「…おう、とにかくやべーんだろ」
「そう。とにかくやべーの。もう死にてえ!女やめてえ!ってなるくらい。さっきもね、そんな感じで帰れないんじゃないかってくらい調子悪かったの。だからスズキさんが車で送ろうとしてくれてた」
「車!?2人きりになんじゃねーか!なんかあったらどうすんだよ!」
「なんもなんねーよバーカ。スズキさん、妻子持ちだし」
「そ、そうか」

 そうかじゃねえ!コイツには危機感がたんねーんだ、スズキさんとやらがどんな人か知らねえけど、男の車にのこのこ乗り込むなんてありえねえ。なんかされたらどうすんだ、助けれやれねえんだぞ。…まあ、こんな説教じみたことは、今は言うのやめておいてやる。コイツの体調がよくなった暁にいやというほど教えてやるから、覚悟しておけ。そんなことを俺が考えてるとは露知らず、なまえは呑気に片手でココアを自分の頬にくっつけながら話を続けた。

「でもねさっき店でたら、鎌ちいて、一瞬お腹が痛いのとか腰痛いのとかすぽーんって飛んでいったの。いやほんと一瞬なんだけどね」
「マジか」
「なんか多分、嬉しかったんだと思う。具合悪くて、いつもならしないミスとかしちゃって。なのにお客さんはいっぱいくるし、ほんとちょっと精神的にきてたっていうか、正直泣きそうだったっていうか」
「…」
「だからね、鎌ちがなんで今日に限って来てくれたのかわかんないけど、すごいタイミングいいなって思ったの。すごいね鎌ち」
「べ、別にすごかねーよ…」
「ううん、凄いよ。まだ具合あんまよくないけど、いつもよりマシな気がする。多分鎌ちのお陰だよ、あとこのココア。たまにはココアもいいね。ありがと」

 やけに素直ななまえにどうしたらいいのかわからなくなっていた。そうかよ、としか言えなくて、なまえのほうも見れなくなった。もうほぼ中身のないコーヒーの缶に口をつけて、飲むふりをして誤魔化した。ダサすぎるだろ、俺。
 なんでこんなときにコイツはこう、…可愛いことを、言うんだろうか。帰してやりたくなくなる。あと5分くらいでコイツの家に着くであろう帰路を変えて、遠回りをしてしまいたくなる。もちろん、しねえけど。いまは早く休ませねえといけないからな。

「あー…」

 いつもみたいにバカうるさいくギャーギャー騒いでいてほしい。こう可愛くいられたら俺がもたねえ。いろんな意味で。

「まあその、あれだ。たまには迎えに行ってやる、から」
「え、ホント?生理のときじゃなくても?」
「ああ。行ってやる」
「毎回ジュース奢ってくれる?」
「調子に乗るな」
「はは、けちい」

 でも意外と嬉しいもんだね、バイト終わって彼氏が待ってるってすごいリア充っぽいし!そう笑うなまえは割といつもの感じで少しホッとする。無理させてんのかもしれねーけど。
 なんもできなくてごめんな、心の中で呟きながら頭を撫でてやるとなまえはもっと嬉しそうに笑った。ああ、この顔が好きだ。お前の笑った顔が一番、好きだ。調子に乗って額にキスしてやったら『鎌ちが優しくて怖い』とか言いながら顔を赤くするから、俺にも移った、顔があちい。…顔の熱さだけじゃなくて、お前のその痛さとかも、俺にわけれたらいいのにな。まあそのなんだ、よく休めよ。バイト、お疲れさん。

20141130
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