※続きではないけど木兎を先に読むのがいいかも



「スイマセン、待ってもらっちゃって」
「いえいえ、いいんですよ。彼、愛しの彼女には無事会えました?」
「ええ、もちろん。ついでに俺も愛しのカノジョに会いたくなっちゃったんで…ちょっと、飛ばしてもらえます?」
「ふふ、お安い御用ですよ」


カチャ、…ガチャ

 うつらうつら、もう少しで夢の国へ飛び立てそうだったときに玄関のほうから物音がした気がして、現実に引き戻された。え、な、なに?なんの音?無意識のうちに手にしていた携帯で時間を確認すると1時半をすぎたところだった。こんな時間に郵便なんてあるわけないし、新聞配達にしたって早すぎる。き、気のせいだよね?ドキドキしながら玄関のほうに耳を澄ませる。多分、いまわたしの耳、でっかくなっちゃった!でおなじみのあの耳の大きさくらいになってると思う。…こんなくだらないこと考えられるなんて案外わたし余裕だな。でもでも、郵便でも新聞配達でもないとしたら、他にはなにがあるだろう。ゴキブリ・ねずみ、泥棒、霊障、ポルターガイスト…ど、どれもイヤ!無理!勝てないどうしよう!!ああもうコワい!さっきまでの眠気なんて遥か彼方に吹っ飛んだ。ていうか関係ないけどさっむいな!寒いしコワいし、これはもう布団の中に篭城していつかやってくる眠気と朝に任せるしかない。ぷるぷると震えながら布団を頭まで引き上げた。…えっ、ていうかなんか足音聞こえない?ヤダ!泥棒?幽霊?幽霊って足音する!?わかんないけどどうしよう!手に持っていた携帯をお守りのように強く握り締めた。黒尾に電話したい。でもお友達と今頃楽しくやってるころだし、邪魔したら悪いよね、ガマン、する。我慢するのよ、なまえ。

ギシッ

「っヒ!」

 ひいいいいいいいま床鳴った!やだ!どうしよう怖いごめん黒尾一瞬だけ、一瞬だけお友達の時間を邪魔させてください!!
 震える手で携帯を操作して通話ボタンを押した。もはや呼び出し音にすら安心する。おねがい、気付いて黒尾、一生のお願い。ぎゅうっと目を瞑るとぽろっと涙がこぼれた。やだ、わたし、泣いてるとかちょっと恥ずかしいけど怖いものはしょうがない。プルルル、プルルル。黒尾でないしなんでよ意味わかんない。はやくでて、お願いだってば。あれ?ていうか足音やんだ?いまだに耳元で鳴り続ける呼び出し音とは裏腹に、足音は聞こえなくなっていた。えっなに、これはどういうこと?もしかして今傍に立ってる?ま、まさかね?

「っ!」

 い、いま布団の上、なんか乗っかった!手?手か、手かこれ!?なんかサワサワしてる!布団サワサワしてる!!完全にわたしは震え上がっていた。幽霊だったらきっと乗り移られるか呪い殺される。人だったら強姦されるか殺される。どっちにしたって終わりだ。わたしの人生ジ・エンドだ!せめて黒尾におめでとうって直接言ってあげたかった…ごめんね黒尾、君の誕生日がわたしの命日になる…。がたがたと震える手で携帯を握り締めて、心の中で黒尾の名前を何度も呼びながらぎゅうううっと、上瞼と下瞼がくっついちゃうんじゃないかってくらい強く目を瞑った。いま、たぶん布団を持ち上げられてる。瞼の向こうが少し明るくなったのと同時に、耳元の呼び出し音が切れた。あ、アーメン!アーメン!…これ、絶対使い方間違ってる!

「『もっしもぉ〜し』」

「ごめんなさいごめんなさい殺さないでくださいお願いしま…ん?」
「なぁんで俺がお前殺すんだよ…つーかお前、なに、泣いてんの」
「く、くろお…?あれ、なに?まぼろし?わたしやっぱりころされた…?」
「だから殺してねーし幻でもねえって」

 ぺち、とほっぺに当てられた手はものすごい冷たくてハッと我に返った。ぱちぱち、ごしごし。まばたきをして、目を擦って、もう一度前を見れば耳に携帯を当てた黒尾がひらひらと手を振っていた。

「ウーッス」

 左耳からも、携帯を押し当ててる右耳からも黒尾の低い声が聞こえた。さっきの物音はゴキブリでもネズミでも幽霊でも泥棒でもなく、黒尾だった。黒尾が鍵を開けた音だったんだ!でも、なんで、なんでここにいるの?聞きたいのに未だに残っていた恐怖でうまく声がだせなくて、ただ金魚のように口をぱくぱくさせることしかできないわたしを黒尾は笑って、冷たい手で頬を撫でてからわたしの涙を拭った。

「びっくりした…っていうか怖がらせちゃった?サプライズのつもりだったんだケド」
「こ、こわか、た…」
「…怖くて、俺に電話してきた?」
「ん、ん…」
「アハハ、まじか、ごめんなァ…」

 すっげー可愛いんだけど、どうしたらいい?
 知るか、クソ野郎。こちとらめっちゃ怖かったわクソ野郎!ごめんごめんと笑いながら抱き締めてきた黒尾にめちゃくちゃむかついてそのムカつくにやけ顔を1発ぶん殴ってやろうと思ったけど、うまく体に力が入らなくてただ抱き締められるしかなかった。こんなことなら電話なんかしなきゃよかった。最後の瞬間を黒尾に縋ろうとしてたわたしがバカだった。

「泣くなって。な?俺が悪かったからさ」
「うっさい。なにしに来たの。わたし明日も学校あるんだけど寝かけてたんだけど!」
「んー?…んんっと、ちょっとアテられちゃって」
「あ、あて…?」
「それより、なーんでおめでとうのメールすらしてくんねェの?俺待ってたんだけど」
「だ、だってお友達との時間じゃましちゃ悪いし、それに」
「それに?」
「……ちょ、直接言いたくて」
「奇遇。俺も直接聞きたくて」

 来ちゃった。
 な〜にが来ちゃっただ!来るときは連絡のひとつくらいいれろ。大体、今日の夜、黒尾と会う約束をしているのだ。そのときに直接おめでとうを言おうと思って、メールをしないでおいた。…て、手紙も書いたし、メールする必要もないし。なのになにがったかしらないけれど、夜まで待つことできないのかこのトサカ頭は。…いや別に、会いに来てくれて嬉しくないわけじゃないけど。こんな恐怖を伴ってなければもうちょっと可愛く喜んであげたけど。ふん。

「ていうか、お友達との約束は?てっきり今頃大盛り上がりかと思ってたのに」
「大盛り上がった結果、燃え尽きちゃったのよ」
「う、うん?」
「彼女自慢であれこれ言い合いしてたらお互い寂しくなっちゃったワケ。そんで、会いに来た」
「彼女の睡眠を邪魔してまで?」
「うん。だって一緒に寝れば問題ないし」

 そういう問題か?首を傾げた頃には黒尾はジャケットを脱いでよいしょとわたしの隣に潜りこんできていた。部屋の中でも寒いと思ったけど、黒尾の服が冷え切ってるのを感じて、もうすっかり冬なんだなと実感した。こんなに冷たくなってかわいそうに。…でもだからってくっつかないで!わたしはもうあったまってんだから!

「オイオイなまえチャン?だっこさせてくんねーの?」
「させない!やだお前の服冷たいもんやだ!」
「じゃあ脱げばいい?脱いだらぎゅってしてもいい?」
「ぎゅっとかいうな気持ち悪い」
「脱ごうっと」
「ぎゃー!やめ、やめぃ!!」

 シャツを脱ごうとしてる黒尾をとめて急いで首を横に振った。脱いだ状態の黒尾と同じベッドにいて無事なはずがない。そんなの強姦魔と大差ない!わかった、わかったから!ぎゅっ(笑)はさせてあげるから!どうか脱がないでいただきたい!
 わたしの必死の説得が届いたのか脱ぐ手を止めることは出来た。それで、にこにこ顔の黒尾(気持ち悪い)におとなしく抱き締められてやったけど、あれだな。上はともかくとして、下はジーンズなので硬いって言うか、感触が妙に気になる。でも黒尾が着れるような服、うちにはないからなあ。

「…あ」
「あ?」
「黒尾、パジャマかしてあげる」
「あァ?パジャマ?いらねーよそんなの」
「だってなんかジーンズ痛いんだもん」
「だから脱ごうかって」
「脱いだら追いだすから」
「コワッ…わかったよ、じゃあ貸して、パジャマ」

 おう。喜んで貸してやる!黒尾にお似合いのパ・ジャ・マ!


「…オイ、なまえテメェ」
「うわ〜!可愛い!似合ってるよ!くまのテッチャンだ!」

 黒尾にパジャマと言って貸したのは、常にはちみつを欲している某黄色いくまさんの着ぐるみだった。いつかの誕生日に友達にもらったやつ。こんなところで役に立つとは!…まあ、フリーサイズとはいえ、丈は足りないようで膝の下あたりまで裾があげてある。なんでそんな仏頂面なの、可愛いのに。ぷぷ。

「なにがくまのテッチャンだ。お前が着ろよこんなん」
「なんで、似合ってるよ」
「顔にやけてっけど?」
「しまった」

 しまったじゃねーよ、と言いながら溜息を吐いた黒尾の手を引いて布団に招く。なんだろ、くまだとなんか可愛く見えるから優しくしてあげたくなるな。黒尾も黒尾でおとなしく布団にはいってきた。それで、わたしを抱き枕のように抱いて、もう一度溜息を吐いた。そんなに嫌か?着ぐるみ。

「そんなに嫌?」
「だってこんなん、可愛い女の子が着るもんだろうが」
「黒尾も似合ってるって。…見て、今度は顔にやけてないよ」
「…ヨクデキマシタ」

 鼻をつままれた。心外だ、本当に思ってるのに。

「はあ、ほんとこんな姿見せられるのなまえちゃんだけよ…」
「えへへ」
「…嬉しそうジャン」

 ハッ!ついなまえちゃんだけって言葉に反応してでれでれしてしまった。恐る恐る黒尾の顔を見ればさっきまでの嫌そうな顔はどこへやら、いつものにやにやした顔に戻ってた。しまった、調子に乗らせた。

「いまだけ、特別な?お前のくまさんになってやるよ」
「アハハ、ワーイ、ウレシー…」
「…本当はくまらしくお前のこと襲ってやりてーところだけど、この黄色が雰囲気ぶち壊しだし、まあ今日の夜もあるしな?いまは一緒に寝るので勘弁してやる」

 危うくくまのテッチャンさんに襲われるところだったけど、助かりました。…どうせ今夜いただかれるんでしょうから、先延ばしになっただけな気もするけど。まあでもこんな時間におっぱじめられちゃたまったもんじゃないし、黒尾が理性のある人でよかった。さっきも言ったけど、わたし明日も学校あるんだから、寝かせてほしい。明日寝かせてくれないんだろうし、余計にぐっすり、寝かせてほしい。

「うんうん、寝ましょう。黒尾、明日学校は?」
「昼から練習ある。授業は…休講」
「自主、付け忘れてますよ」
「はは、そうでした。自主休講デス」

 だいぶお布団の中もぽかぽかしてきて、さっき薄情にわたしを置いてどこかに行った睡魔も帰ってきたらしく、眠たくなってきた。『…お前、あれだな、くまの好物ってことはハチミツだろ?ハニーちゃんじゃん』とかばかなことを言い出した黒尾にも『は、はにーちゃん』とつまらない返事しか出来ないほどにはウトウトしてきている。…それと、この、黒尾のにおいが安心させるっていうか。わたし実は黒尾のにおいすきなんだよなあ、なんていうの、香水詳しくないからわかんないんだけど、男のひとのにおいがする。汗臭いとかそういうんじゃなくって、ほっとするっていうか。

「あ?…眠そーな顔してんな」
「ん、ねむい…」
「おーおー、寝ちまえ。…夜中に来て悪かったな」
「…ん、いい、よ……あ、くろお、」
「ん?どした」
「おたんじょ、びおめで…と、…」
「ああ、サンキュ。マイスウィートハニーちゃん」

 なにそれキモチワル!と元気に突っ込めたのは、きっと夢の中でだ。額になにかが当たったのを感じてからわたしの意識は途切れた。
目が覚めたら隣に黄色いくまさんはいなくて、パンイチの黒尾鉄朗が寝ているのを見つけるまで、あと数時間。プレゼントと手紙をあげたら思った以上に喜んでくれた黒尾鉄朗に、可愛い下着を着けたわたしが尽力するまで、あと数十時間。わたしの姓が変わるのは、あとどれくらいだろうね。いつか、もらえるといいなあ。

20141118 おたおめ
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