「知ってる?いまとみ田のつけ麺セブンで売ってるよ」
「は?まじかよ」

 最近ファミマしか行ってなかったから知らなかったわと言いながら、私が付録目当てに買ってそのままポイしてた女性ファッション雑誌を眺めている。たぶん、買った当人の私よりもちゃんと読んでる。女ってまじ大変だよなだの(おそらく化粧のこととかだと思う)、石原さとみまじかわいーわだの(今月号は表紙がメチャ可愛い石原さとみだ)、お前が食いたがってたパンケーキ屋かこれ?だの(えげつない生クリームでしょ)、さっきからぶつくさ言いながらページを捲っている。いつもの倍は饒舌に独り言をこぼしながら、時間を潰そうとしているのだ、この男は。私はベッドに寝転がりながら、そんな寺の後頭部を見つめている。

「あとで買いに行く?今日親いないからごはんなんもないよ」
「…んじゃあとで行くか」
「うん。私もセブンのとろろ蕎麦食べたい」
「とみ田じゃねえのかよ」

 くっくと肩を揺らす寺に、私も笑った。やっと笑いやがったな、と思って。
 昨日の今日なので、部活がいつもより早めに終わることは知っていた。それで、部活終わってから、会えないかなあと思って。昨日も試合終わってからちょっとだけ会えたけど…2人だけじゃなかったから。だから、家に行っていいかと連絡したら『弟がカノジョ連れてくるらしいからやめとけ』と言われた。図々しいとは思いつつも、じゃあ帰りにうちに寄ってよと返せば『疲れてなけりゃな』と言われた。私が苛つくのはお門違いだとわかっていても煮えきらない態度になんだかイラっとして、私に会いたくないのかと聞いたら『そういうわけじゃねえ』と。私は寺に会いたいと素直に伝えれば、既読がついてから少し間を置いたあと、『お前んち行く』と返ってきた。来てくれたけど、この通りうちに来てからずうっと興味なんて1ミリもないだろう雑誌を熟読してるだけだけど。

 かっこつけ野郎だから、きっといまは会いたくなかったんだろうなと思ってる。わかってたけど。ほんと、わがままな女でごめん。そう思いながらツンツンととんがっている後頭部にそっと指を差し込んでサワサワする。豪快にボールがぶつかったところ。凹んでも腫れてもない。ただ頭皮を指先でくすぐるように触れていると、うざってえとばかりにしっしっと振り払われた。

「てら」
「ンだよ」
「たんこぶ、なってなくてよかったね」
「…るっせ」

 振り払われた手を今度は頭頂部にのせてくしゃくしゃと撫でると、今度は振り払われることはなかった。ページを捲る手は、とうに止まっている。読んでないならもういらないでしょとばかりに彼の手から雑誌をひょいと引き抜いて、ぽいと投げ捨てると、おいと言いたげに不満そうな顔がこちらに向けられる。あは、とつい笑い声が漏れた。やっとこっち見やがったな、と思って。

「なぁに笑ってんだよ」
「昨日はあんなかっこよかったのに、今はこんなに眉間に皺寄ってるなって」
「昨日誰よりも泣いてたくせに」
「かっこつけの寺泊くんの代わりに泣いてあげたんだよ」
「そーかよ」

 雑誌を引っこ抜かれて手持ち無沙汰だったのか、寺は少し背を反らしてベッドに寝っ転がっている私におおきな手のひらを伸ばしてくる。それは私の後頭部を捉えて、ぐっと引き寄せられたかと思えばリップが乾きかけている私の唇とカサカサの寺の唇がくっついた。リップクリームあげたんだからそれちゃんと塗りなよ、と思いながら私のを分け与えるようにもう一度キスをした。寺のそこに似つかわしくないコーラルピンクがうっすらとのっていて、なんだかおかしかった。

「…無理やり来させてごめん」
「あ?別にそんなんじゃねえから」

 ベッドから降りて寺の隣にぴたりとくっつくように膝を抱えて座ると、私たちの間には少しの沈黙が訪れる。伝えたいことはいろいろあるのに、うまく言葉が出てこない。いつもは憎まれ口も調子のいいこともつらつらとでてくるのに、こういう時に限って臆病な口だ。私の口というのは。
 ふと、寺が手のひらを閉じたり開いたり謎の行動をし始めたのでその真ん中にこぶしを置くと、ぎゅっと、小籠包の餡のようにすっぽりと大きな手のひらに包まれた。ちっせえなと笑い声が響く。

「…寺さ、ほんとにかっこよかったよ。去年より、全然」
「たりめーだろ」
「サービスエースなんかもうドゴン!てさあ。ドゴン!て。レシーブすんのめっちゃ痛そうだなっていっつも思うよあれ」
「引退前にいっぺん味わわせてやるから今度部活来いよ」
「愛の鞭がすぎるでしょ…」

 相変わらず小籠包の餡状態の私の手をぎゅっぎゅと握りながら笑っていたくせに、急に黙られるとどうしたらいかわからなくなる。てら?と声をかけると小さい、ほんとにちいさい声でやっぱりさ、口を開く。

「どんだけ考えても仕方ねえけどさ、やっぱ、もうちょっと、やりたかったよなあ、あいつらと、バレーさ」
「うん」
「…はは」

 ちいさい声でそうつぶやく、私よりもうんと大きい男の体をめいっぱい抱き締めた。寺の腕が私の背中に回って、強い力で抱きかえされる。私の首筋に顔を埋める男の息は熱かった。

「だから会いたくなかったんだ」


20191007 寺泊も泣いてたけど
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -