数時間前、黒尾くんの誕生日を祝うために光太郎は出かけていった。
 昔からのライバルでありよき友である黒尾くんを祝うのが楽しみらしい光太郎は、結構前からプレゼントはどうしようだの、サプライズしてやろうだのなんだの言っていたなあ。結局サプライズするのはやめたらしいけれど、プレゼントにはちょっとお高めの日本酒に黒尾くんの名前である『鉄朗』という名前のラベルをつけた世界に1つのお酒をあげることにしていた。きっと今頃、2人で飲んでるんじゃないかな。ちなみにわたしからは某ネット通販店のギフト券をあげた。黒尾くんの好みとかよく知らないし(光太郎も教えてくれないし)、下手なものあげるより確実に喜んでくれるとは、思う。でも、プレゼントにギフト券ってなんていうかこう色気?雰囲気?ないよなあと考えてもいたんだけれど、光太郎は『それくらい無機質なほうがアイツもヘンな気起こさなくて済むから、それでいい!』と何度も言ってきたので、まあいいかと結局ギフト券に落ち着いた。大体黒尾くんがヘンな気を起こすことなんてないと思うんだけど。彼女いるんだし。…まあギフト券はぜひとも有効に使ってくれると嬉しい。
 というわけで今日は恐らく光太郎は帰ってこないであろう。黒尾くんのおうちで飲んでるはずだし、そのまま泊まって明日帰ってくると思う、光太郎もなんとなくそんなことを言っていたし。思う存分、親友との時間を楽しんできてくれればいい。そんな思いで彼を見送ったわけだけど。

「…」

 一人の家は静かで、なんとなく寂しい。あと寒い。光太郎がいないだけでこんなに変わるものかあ、と妙に感心しながら時計に視線をやった。針はもうすぐ深夜1時を指す。やることもないし、いつもよりちょっと早いけど、もう1杯紅茶飲んだら寝よう。冷え切ったフローリングに肩を竦めて、首を縮めて、つま先を丸めて、ペンギンのようによちよち歩きをしながら紅茶を淹れにキッチンに立つ。

「(あー…今日のお布団は冷たいだろうなあ)」

 やだなあ。とぽとぽとお湯を注ぎながら溜息を吐いた。うちの掛け布団はとっても薄い。毛布と、夏用の羽毛布団だけだ。どうしてこんなに薄いかというと、あの男が異常なほど暑がりで、こんなんじゃ暑くて眠れねえ!とうるさいからだ。確かに光太郎は湯たんぽかと思うくらいにあったかくて、寝るときは光太郎の体温でお布団があっためられるしくっついてるとわたしもぽかぽかになるのでいつもなら薄くても問題ないんだけど。…今日みたいな一人の夜はとっても寒い。いつも2人で寝る場所を独占できるのはなんともいえない満足感があるし、一応初めは大の字に寝転んでその広さを楽しんでみるけれど、…結局寒くって隅っこでハムスターのようにまるくなるしかないから、あんまり意味がない。今日はいつもより厚めの服を着て寝るしかないなあ、と考えながら先ほどと同じくペンギン歩きでソファに戻る。猫舌なので淹れたての紅茶はすぐには飲めない。


 紅茶が少し冷めるのを待っている間、携帯でパズルゲームをやっているとゲーム画面が一瞬固まって、着信を知らせる画面に切り替わった。表示されてる名前は『木兎 光太郎』…あれ?今頃黒尾くんとバカ話…おっと失礼、昔話に華を咲かせているはずでは?首を傾げながら通話ボタンを押した。はいもしもし、こちらなまえでございます。

『あァ?もしもしなまえちゃ〜ん?俺だけど〜』
「あれ?黒尾くん?」

 光太郎の番号からかかってきたはずなのに、向こうから聞こえた声が低い声で少しびっくりした。どうして光太郎の携帯から黒尾くんがかけてくるのか。なにかあったんだろうか?尋ねようと口を開いたらほぼ同時に『うっわお前ちょっとヤメロ!』と黒尾くんの慌てた声がした。…本当になにがあったんだ。

『おいテメェ木兎重いから退け!』
『なまえ〜俺のなまえはどこだぁ〜〜!うおお〜!』
『今電話してやってっから待てって!ごめんななまえちゃん、聞こえてると思うけどお宅の光太郎クンべっろんべろんなのよ』
「うん、どうやらそのようですね、…ご迷惑お掛けします」
『いえいえお構いなく』

 確かに黒尾くんの声の後ろのほうで変な声をあげたりわたしの名前を呼んだりしている酔っ払い・光太郎の声が聞こえる。もうそのまま手刀でも決めて強制終了させてくれても構わないんだけど、ほんと黒尾くんごめんね。それにしても電話の用はなんなんでしょうか。

「で、ええと、電話してきたのは…?」
『あ?あーそうそう、今ね、そっち向かってんのよ』
「…ん?」
『だーかーら、今からなまえちゃんに会いたくて泣き出した光太郎くんをそちらにお届けしますので待っててもらえマス?』
「ええええ」
『もう5分くらいで着くよ〜、あっ運転手さんそこを右で』

 黒尾くんとの電話が切れてから、とりあえず一口、紅茶を飲んだ。ちょっと冷めすぎちゃった気もするけど、美味しさは、まあそんなに変わらない。それから部屋着の上にカーディガンだのあったかいコートだのを着込んで彼らの到着に備えることにした。パズルゲームはお預けである。


 わたしは知っている。酔っ払いの光太郎はとても面倒くさいことを。きっと黒尾くんも面倒くさくなったに違いない、いや絶対そうだ。…さっき電話で光太郎が泣き出したと言ってたけど、あれもあながち間違いじゃないと思う。彼は割と酒に強いほうだと思うけれど、ある一定のラインを超えるとべろんべろんになる。ほろ酔いとかはない。アイツは素面かと思うほどピンピンしてるか、べろんべろんに酔っ払うかの2択なのだ。普段はあまり後者になることはないけど、たまになるととても面倒くさい。そう、今みたいに。

「う、う、なまえ〜〜!!うあ〜〜!!!」
「うるさい!近所迷惑になるから静かにして!」
「いやなまえちゃんもそこそこ声でかいけど」

 黒尾くんに担がれてきた光太郎は、わたしの姿を確認するやいなやすんすん鼻を鳴らしながら抱きついてきた。抱きつくというよりはのしかかるっていう感じだったけど。さすがに185センチの大男に乗りかかられたらか弱い乙女代表(異議は認める)のわたしはなす術もなく潰れてしまうわけだけど、いまはなんとか黒尾くんが後ろから光太郎を引っぺがしてソファまで運んでくれたのでなんとか潰れずにすんだ。色々ありがとう黒尾くん。

「ほんとごめんね、今日の主役にこんなことさせちゃって」
「いいってことよ。久しぶりになまえちゃんにも会えて嬉しいですし?」
「てめぇくろおなまえにちょっかいだすなこら!」
「あはは…あ、改めてお誕生日おめでとうね」
「ん、アリガト。ギフト券もとても助かります。あとあの酒ね、めっちゃうまかったよ。なまえちゃんが見つけてくれたってアイツが言ってたけど」
「ううん、わたしはこんなサービスがあるみたいだよ〜って教えてあげただけ。あとは光太郎ひとりでやってたから」
「ふうん?でもアイツは俺となまえからのプレゼントって言ってたけどな。まっ、2人ともホントありがとうございました」

 『木兎もなまえちゃんも大好きだぜ〜』とソファに転がってる光太郎に聞こえるように言った黒尾くんに、光太郎はすぐに『おれもおまえのことすきだけどなまえはぜってーやらねーかんなあ!』と返してきたので、予想通りの反応に満足したんだろう黒尾くんは心底楽しそうに笑っていた。本当に仲がよろしいことで。

「アイツな、ほんとはウチんち泊まるつもりだったんだけど、俺になまえちゃんのこと惚気てる間に寂しくなったらしくてね」
「ほんと、子どもみたいだね…」
「…苦労するな?」
「お互いさま」
「はは!だなぁ。…じゃ、俺帰るわ。木兎、面倒だろうけど構ってやってな」
「はあい。黒尾くんもありがとね。いい誕生日を」
「サンキュ。じゃあなコーチャン!また飲もうぜ!」
「おうよぉ!おめでとうなテッチャン!」
「フフ。じゃ、また」
「うん、おやすみ」

 お互いを妙な呼び方をして別れの挨拶を済ませた彼らを、わたしは笑ってしまった。仲がいいのはとても素敵なことだ。

 ばたんとしまった扉に鍵をかけて部屋に戻ると、さっきまでソファに寝転がっていた光太郎が起き上がって座っていた。ほっぺは少しピンクで、いつもぱっちりしてるまん丸の目もとろんとしている。心なしかトレードマークのトサカ頭も元気なさげにへにゃりとしている。お水を飲ませてあげようとペットボトルを取りにキッチンに行こうとするわたしの名前を呼んで手招きする光太郎は、待ちきれないと言ったようにソファを手でばしばし叩いた。お水いらないの?と問えば『なまえ!はやく!』と。…わかりましたよ行きます、行きますってば。

「なまえ、なまえってばぁ」
「はいはい、なんでちゅか〜光太郎くん」
「ばぶぅ!」
「ノってこないでよ気持ち悪いから」
「ひでえええ〜」

 ソファに座るとすぐに、先ほどと同じようにのしかかるように抱きついてきた光太郎をなんとか受け止める。重たい。酒臭い。でももう助けてくれる黒尾くんはいない。ベッドに運んでもらえばよかったなと思いながら額をわたしの首元に擦り付けてくる光太郎の背中をぽんぽんと宥めるように撫でた。…ていうかジャケット着たままじゃんか、皺になっちゃう。

「光太郎、着替えよ」
「やだぁ、なまえにくっついてんだおれはぁ」
「服しわくちゃになっても知らないよ。アイロンかけないからね」
「けち」
「けちで結構。ほらはやく、ばんざいして」
「へいへいへ〜い…」

 普段の彼のばかうるさい口癖も、いまはただの不貞腐れたお父さんのやる気のない返事のように聞こえる。取り敢えずライダースジャケットを脱がせてハンガーにかけた。その間も大きな甘えん坊はずっと腰のあたりにしがみついてなにか唸ってる。

「光ちゃん、こーちゃん」
「うう、なまえ、ううう」
「なあに、どうしたの」
「す、す、」
「んん?」
「すきだああ…」
「はいはい」

 言いながら梟のプリントされた光太郎のお気に入りのパーカーを脱がせた。これがまた、胸の辺りに梟がプリントされているにも関わらず子どもっぽすぎない可愛いパーカーで、実はわたしも持っていたりする。色違い。光太郎に教えたらおそろいだのなんだの騒ぐだろうから、教えてないけど。見つからないように、こっそり着ている。こっそり着ては光太郎とおそろい…とか思ってる。ちょっぴり嬉しくなってるわたしが一番きもちわるい。

「さみぃ…」
「ほら、これ着て」
「ん〜…」
「裸のままくっつかない!着る!」
「やだ」
「やだじゃな…おわっ!」

 スウェットを着せようとしていたわたしを意図も簡単にころんとひっくり返した光太郎は上半身、むきむきの筋肉をさらけ出したままわたしの上に馬乗りになった。相変わらずお酒でぽやぽやしてるけど、真面目な顔で見下ろしてくるもんだから、思わず手に持ったままだった光太郎のスウェットで顔を隠した。何度もこんな状況になったことはあるけど、どきどきするもんはどきどきする。恥ずかしい。だって光太郎、かっこいい。

「……俺はさあ、」
「…うん」
「なまえがすきじゃん」
「う、うん…」
「もうさぁ、…うっぷ、…おまえ以外、かんがえらんねーじゃん」
「ううん…?」

 いいところでゲップしやがったな。
 光太郎は一言言うたびに顔を近づけてきて、ついには額同士がこつんとぶつかる。相変わらずわたしはスウェットで防御壁をつくってそこから目だけを覗かせていたわけだけど、『俺くせぇ』とスウェットの感想を呟いた光太郎はそれをぽいっと放りなげて、あぁっと思った頃には酒くっさい口がわたしの口にくっついていた。もう一度くっつけようとする光太郎の顔を両手で押さえて、なにすんの、と尋ねれば彼は顔をふにゃふにゃにさせて笑った。

「こづくり、する?」
「…酔っ払いとはしません」
「へへ、言われると思ってましたぁ」

 ハッハー!と笑った光太郎はわたしを抱き締めてソファにごろんと転がった。こういうことをしたいがために、少し大きめのソファを買ったのである。…結構、痛い出費だったけど。

「でもいつかは欲しいなあ…なまえとの子ども」
「はいはい」
「ぜってーかわいいだろうなぁ…」
「そーですね」
「酔っ払いだと思っててきとーに流しやがって、くそぉ」
「だって酔っ払いじゃん」
「ムキィ〜!!」

 だって、ねえ。酔っ払いじゃん。上半身裸のままの酔っ払いじゃん。いい加減なんか着てよ、風邪引いたらどうするの。わたしを抱き締めたままごろごろしていた彼の腕の中から抜け出して、放られていたスウェットを引っつかんだ。それをソファでぽかんとしている光太郎の胸に押し当てると、唇を突き出しながら渋々といった風にそれを被ったのでいいこいいこ、と頭を撫でたらめちゃくちゃ嬉しそうな顔をされて思わずきゅんとしてしまった。いかんいかん、絆される。下はジーンズのままだけど、さすがにそれをわたしが脱がせるわけにはいかない。けどそのまま寝かせるわけにもいかない。えーっと、下のスウェットどこやったんだっけ…。

「…ずっと一緒にいてえなぁ…」
「そうだねえ」

 …あ、そうだ。今朝光太郎がオレンジジュース溢して洗濯したんだった。新しいのだしてこな…ぎゃっ。後ろから抱きつかれて、首筋に擦り寄ってくる。まだまだ引っ付き虫は離れない。

「なまえ〜…」
「…はいはい。これ履いて、一緒に寝よ」
「ん…」

 引き出しからだしたスウェットをわたしの後ろにへばりついてる大男に渡した。『下は脱がしてくんねーの?』と笑う光太郎をぺちんと叩いて、トイレに押し込んだ。酒だしきって、ついでに着替えてこい。わたしは机に置きっぱなしですっかり冷め切った紅茶を一気に飲み干して、シンクに置いた。


「はぁ…す〜っきりぃ…」
「よかった。はやくねよ」
「んー。さ、なまえちゃーん光太郎くんの胸に飛び込んでおいで〜」

 トイレから戻って下もちゃんとスウェットに着替えた光太郎がベッドにごろんと寝転んでわたしを呼ぶ。今日ほんとに寒いな、光太郎が帰ってきてくれてよかったかも。ころんとその腕の中にお邪魔するとぎゅううっとものすごい力で抱き締められて驚く。こいつ、わざとだな。タップ!タップ!逞しい腕をぺちぺち叩くと『ざまぁみろ!』と笑われた。

「…いじわる」
「散々お前がしてきたんだろ〜」
「…じゃ、いじわるし返してもいい?」
「お?なに?…うっは!つめたっ!」

 光太郎がトイレに行ってる間にマグカップを洗ったので、両手はすっかり冷え切っていた。わざわざつけないように気を遣っていたのに、そんないじわるするなら、こうしてやる。えい、と光太郎のほっぺに両手をくっつけると、予想外だったのか光太郎はその冷たさに間抜けな声をだした。へへ、ざまあみろ。

「びっくりしただろ、くそぉ」
「し、か、え、し」
「ふふん。でもなぁ、そんなんじゃ木兎くんはへこたれませぇん」
「な、なにを…!…うっわ、あったか、すご!」

 わたしのキンキンに冷えてた手は光太郎の脇に案内されてきゅっと挟まれた。ものすごいあったかい。じわじわと指先からあったまっていくのを感じる。だけど、脇。傍から見たらロマンチックには見えないね。これが手と手だったらもうちょっといい感じだったかもしれないけど。そんなことを考えるわたしなど知らず、光太郎は酷くやさしい顔で笑いながらわたしを見つめていた。なにその顔、照れる。ちょっぴり顔が熱くなるのを感じた。

「な、なに」
「んん?かわいいなって」
「うるさいよ、酔っ払い」
「もうだいぶ抜けてきてるし」
「…あっそ」
「なまえ」
「ん?」
「…頼むから他の男に惚れたりすんなよ」
「…こっちのセリフですけど」
「俺はぁ、なまえしか…ありえねーつってんだ、ろぉ…」
「だから、酔っ払いの言うことは、」

 信用しません、と続けようとしたところで額に当たる寝息に気付いた。寝つきのよさはんぱないな、本当に。脇からそっと手を抜いて、今度はあったかくなった手をすやすや眠る光太郎のほっぺにくっつけた。明日起きて一番に、同じこと言ってくれたら、信じてあげる。わたしも光太郎だけだし、いつか子作りも協力してあげるって、言ってあげる。二日酔いにならないといいね、おやすみ。


20141118
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