「………さっむ、」

 ぶるりと体を震わせながら、数回ゆっくりと瞬きを繰り返した。ただでさえ最近寒くなってきたってのに、二人して裸のままで眠ったのは失敗だったか。せめて上になにか着せておけばよかったかも、と思いながら隣で丸まってるなまえを引き寄せて抱き締めた。う〜ん、あったかい。…あーそうだ。眠ったときはなまえのこと抱っこしてたはずなのに、こいつが勝手に俺の腕から抜け出したから寒かったんだ。もう俺から離れたらダメだってのに。お陰で寒い思いしたじゃんか〜この悪いコめ。そう思いながら額にキスすると胸元の辺りでくすぐったそうな声が響く。


「はあ……」

 思わず溜息がでた。寝起きのだらしない顔が、更にだらしなく弛んでしまうのを抑えられない。誰に見られるわけでもないけれど、なまえの髪に鼻先を埋めて顔を隠した。すんと息を吸い込むとシャンプーの香りの中に、少しだけ汗のにおい。まあ、昨日結構頑張らせちゃったしな〜。でもあれは男だったら誰でも盛っちゃうと思うわけ。俺のために顔を真っ赤にしながら恥ずかしいの我慢して、フリフリスケスケなやらしい下着(恐らく我が親愛なる悪友の入れ知恵だろう)で好きだよなんて告白されたらさあ、そりゃ俺が頑張らずしてどうするってカンジじゃん。まあ別に俺は今頃ベッドの下でくちゃくちゃに丸まってる下着なんて割とどうでもよくてなまえが自分から俺を求めてくれたのが嬉しいっていうか。いやもちろんえっちな下着は嫌いじゃないけど。好きだけど。


「俺は幸せものだね〜…」

 独りごちてなまえをぎゅっと抱え直し、空いてる手でサイドテーブルに置いてあった携帯を掴んだ。どっさり届いている祝いのメールをありがたく思いつつもきちんと返信することを考えると、ちょっとげんなりする。ツイッターの通知を切っておかなかったら俺もなまえも眠れなかったかもしれないな、なんて考えながら携帯を放り投げた。起きるには、まだ早い。なまえと話してる時が一番だけど、一緒に眠る時間も大切だ。すやすやと眠る可愛いお姫様をもう一度強く抱きしめて、目を閉じた。



 ぼんやりとした視界に映り込んだ依都の寝顔。あーもう幸せだなあ、と幸福感に全身をぽわぽわさせたまままた目を瞑ろうとして、ハッとした。いま、何時だ。慌てて体を起こして、時計を確認する。もうすぐ9時、何時に起こさなきゃいけないんだっけ、ええっと、依都の今日の予定は、と思考を巡らせたところで、あ、と間抜けな声を出してしまった。そうだ。今日はオフだった。いつもの癖で、危うく依都を起こしてしまうところだった。ふしゅうう、と体から空気が抜けていく。うう、焦った。いつもちゃんと自分で起きてくれてたらこんな余計な心配しなくて済んだのに。

 ホッと胸を撫で下ろした途端、外気の冷たさが起こした体に沁みてきた。ひっと息を吸い込んで肩を竦めてから、再び依都の腕の中に潜り込む。気持ちよさそうに寝やがって、くそう。わたしの焦りを返しやがれ。つんつんとそのほっぺを突いていると(案外柔らかい)、ふと依都の首筋が赤くなっているのを見つけて、んーなんだあれ…とそれを暫く見つめてから、…一気に昨日のことを、思い出したくないあれこれを、思い出してしまった。多分あれ、昨日わたしがつけようとしたヘッタクソなキスマーク(もどき)だ。ぼぼぼっと顔に熱が集まってくる。誰に見られるわけでもないのに、赤い顔を隠すために目の前の胸に顔を埋めた。

 依都の誕生日を祝ったのはこれで数回目だったけれど、日付が変わる瞬間に一緒に迎えられたのも、当日に一緒にいられたのも今回が初めてだった。なんてったって彼はわたしみたいな一般人とは違って天下のKYOHSOのボーカルで超人気者ですから。毎回色んな人から声がかかって、色んな所から引っ張りだこな依都に、彼女だと胸を張れなかったわたしはいつもプレゼントだけぽいっと渡して終わりだった。わたしにとっても大事な日だったのに、その日を大事に出来たことはなかった。一緒に過ごしたいなんて言えなかった。
 だけど依都が今年の誕生日はわたしと一緒に過ごしたい、と言ってくれたときはそりゃもう嬉しくて、決して彼の前ではそんな素振りは見せなかったけど心の中じゃぴょんぴょん飛び跳ねていたくらいだ。本当に嬉しかった。それになにより、今回の誕生日は今までのそれとはわけが違う。だって、その、プロポーズされてから、初めての誕生日だから。だから、絶対に彼の今までの誕生日の中でも一番印象に残るものにしたくて、喜んでもらえるものにしたくて。でもわたしのちんけな脳みそじゃなにも浮かばなくて、我らが時明さまに相談することにしたんだけれど、笑顔でそれを了承してくれた時明が「依都はこういうの、喜ぶと思うよ」と笑顔で渡してきたのは外国の下着メーカーのカタログだった。嫌な予感がした。若干自分の笑顔が引き攣っているのを感じながら受け取ったそれにわざわざ時明がドッグイアをつけて示していたページには、その…ナイスバディーなお姉さんたちが着ればそれはもう最高にエロいであろうランジェリーの数々が並んでいた。時明も冗談半分だったと思う。でも、他にいい案も思いつかなかったし実際これが喜ばれそうな気がしないでもなかったから、まあこれが最初で最後だと思って、渋い顔をしながら注文完了のメールを受け取っていた。

 当日…というか数時間前のことは…本気で思い出したくないけど。端的に言えば腕によりをかけてご馳走を作って、プレゼントにスウェット生地のオレンジと藍色のバイカラーのネクタイをあげた。なにをあげるか決めかねてぶらぶらしていたときにそれを見つけて、一目見た瞬間に依都が着けている姿が浮かんで、すごい似合ってるかっこいいどうしようと思ったときにはもう既に支払いを済ませていた。自分の行動の早さに驚きだ。でもすごく喜んでくれたし、『式でこれ着けよっかな〜』なんて言ってくれもした。(カジュアルすぎると思うけど)式、っていう単語にものすごく動揺したのが依都にバレたのは言うまでもない。


「…いまだに信じられないよ」

 依都のまあるい頭を撫でながら、小さく呟いた。
 プロポーズしてくれてから早数か月、いまだにあれは夢だったんじゃないかって思うけど薬指で光っているピンクゴールドのそれが嘘じゃないって証明してくれている。仕事の合間を縫って、一緒に指輪を見に行ったのも夢じゃないんだ。指先でそれに触れると鼻の奥がツンとする。ふりっふりのレースがあしらわれたお尻丸出しの真っ白なランジェリーは今思い出してもゾッとするほど恥ずかしかったけれど、でも、恐らくだけど依都さん、いつもよりがっついてたっていうか荒々しかったっていうか、効果覿面だったというか…いや、やめようこれ以上は無理。恥ずかしすぎて爆発しそうだから思い出さないことにする。思い出さないように、もうひと眠りする。依都にぎゅうっとしがみ付いて瞼を下ろせばすぐに睡魔がやってきた。はあ、なんて穏やかな日なんだろう。わたしの心臓は相変わらずどくどくと動いていて、とても穏やかとは言い難いけど。



「時明ちゃ〜ん、あれ、お前の入れ知恵だろ?」
『さあ、なんのことかな』

 『まあでも、その様子だと随分といい誕生日を迎えられたみたいだね。声が弾んでるよ』と愉しそうに、半ば揶揄うように言った時明に、まあね〜と笑うしかなかった。だってほんとに、嬉しかったし。ん〜でもちょっと悔しい。時明の思い通りになっちゃってさ!くっそ〜いつか俺も仕返ししてやるから、覚えてろよ時明。


「(…もうこんな時間か)」

 二言三言交わしてから通話を終えた携帯にさよならをして、大きな欠伸を一つ。腕の中にいる可愛い俺の奥さんは口の端から涎を垂らして穏やかな寝顔を俺に向けている。そろそろ起きるか、と胃袋が空っぽなのを思いながら涎が垂れた跡を舌でなぞって、ついでにそのままキスをする。


「おいなまえ、もう昼前だよ〜」
「ん…」
「なまえちゃ〜ん」
「…んー…」
「お〜い、城坂さ〜ん」
「ん〜……?」
「城坂さ〜ん!終点ですよ〜!」
「うるさい…なにいってんの…」
「うるさくありませ〜ん!も〜名前呼ばれたらちゃんと返事してくださ〜い」
「なに…なまえ…?」
「そうだよ。お前ももう城坂なんだからさ、ちゃんと反応してくれないと」
「きさか」
「そ、俺の奥さんでしょ。城坂なまえサン?」
「わ、わ…そうだ、城坂」

 昨日、いや今日か。15日になってからなまえと役所に行った。別に俺の誕生日を結婚記念日にすることないじゃん〜って言ったんだけどね、妙になまえが譲らなかったから、仕方なく。まあいつでもいいんだ、出す日なんて。
 もう、お前はもう名実ともに依都さんのモンなんだよ。囁くようにそう言って、なまえの左手に自分の指を絡めて薬指を撫でた。寝惚けていた顔が段々と茹で上がっていく。噛み締めるようにもう一度、城坂、と呟いたなまえは恥ずかしそうに口を結んだ。うん、これでもうバッチリ目が覚めたことだろう。

 償い、なんて言ったら大袈裟かもしれないけど、今まで色々辛い思いをさせた分、これからはなまえの望みなら出来る限り叶えてやりたかった。だから指輪を買いに行ったときだってどれだけ高価なものを強請られようと二つ返事で買う心積もりだったってのに、なまえの目が輝いたのは予想していたものより遥かに値が下回るものだった。何度もこれでいいのかと、もっと高いものでもいいのにと言ったけどなまえはいたくそれを気に入ったらしくこれがいいと譲らなかった。まあ、値段が高いからいいというわけでもないし、なまえがいいというなら俺はおもちゃの指輪だって構わないし。なまえが俺に気を遣って手頃なそのリングを欲しがったというわけでもないのも、わかってる。本人は気付いてるか知らないけどしょっちゅう薬指にはまるソイツを指先で撫でては嬉しそうな顔をしているのを俺は何度も目撃しているからだ。こいつが気に入ったものにしてよかったと、俺も安心する。実際俺も割と気に入ってるしね、何よりなまえとお揃いのものを持てたことが、こんな29歳になっておいて、嬉しかったりする。もうすっかり俺の中心は彼女なのだと実感するし、あの時、なりふり構わず自分の気持ちを吐露して正解だった。離れないでくれて、傍にいてくれてよかったと心底思う。


「(いや〜、あれは焦ったな〜…)」

 あの日のことを懐かしく思いながら相も変わらずなまえの薬指を撫で続けていると、やめろと言わんばかりに絡めた指をきゅっと強く握ってくる。ん?と眉毛を少し持ち上げて視線をなまえへやると、口を尖らせながらじろりとした目で俺を見上げていた。


「…依都、足つめたい」
「え〜ダメ?」
「ダメ」
「ケチ」

 じゃあいいよ〜と言って冷たい足が離れていったかと思えば、すかさず長い脚がわたしの体に巻き付いてきて、こう、例えるならわたしが木でそれにしがみつく依都コアラっていう感じの、…なんだこれ。胸板に押し付けられて潰れかけていた顔をなんとかあげると『くっついてんのきもちいね〜』なんて満足そうな顔をして笑ってるものだから、つい口を噤んでしまった。お互い下着しか身に着けてないから、素肌が触れ合う感触は確かに気持ちいい。ただわたしのお尻は丸出しだ。早くいつものパンツにお尻をすっぽり包んでもらいたい。


「…あ、」
「ん?」
「ん〜言うの忘れてた〜…おはよ、なまえ」
「うん、おはよ、依都」

 依都がうちに泊まったとき、起きたら必ずおはようとおはようのキスをしてくる。これはわたしが目が覚めたときにいなくなってるのがちょっと寂しいとぽろっと零してしまったからで、それ以来依都はどんなに早朝でもわたしに朝の挨拶をするようになってた。ちなみにキスのオプションは依都が勝手につけただけで、わたしの注文ではない。そりゃ、嬉しいけど。あとあまりにも朝が早いときは、依都起こすのはわたしでなくマネージャーさんか篠宗さんが担ってくれている。あんまり早い時間に起こさせるのはわたしが可哀想だっていう依都の気遣いは助かるし嬉しいのだけれど、任されたお二人には申し訳なさでいっぱいだ。会う度にお礼と差し入れは欠かさない。

 まあそんなわけで朝の挨拶のあとはキスがくるだろうと予想して、わたしはおとなしく目を瞑ってキスを受け入れる体制をとっていた。…わけだけど、一向に唇が近づいてくる気配はない。いやあな予感がしてうっすらと目を開けてみると、鼻先に意地悪い顔でにやにやと笑う依都がいた。サイアクだ。


「っば、ばか!」
「え〜なんでよ、なまえのキス待ち顔可愛かったけど」
「しらないもーしらない」
「ごめんって。ね、こっち向いてよ」

 こっち向いて、なんて言いながら依都の手がわたしの頬を包んでそっと上を向けさせる。わたしの意思なんて無視じゃないか。少しだけほっぺの裏側に空気を取り込んで膨らませてみれば、それはすぐに彼の手に潰されて、飛び出た唇に依都のがくっつく。確かあの日もこんな風にほっぺ潰された気がするなあ、なんて思いながら何度も繰り返されるキスを受け入れていたらどこからぎゅるるる、なんて甘い空気をぶち壊しにするには十分な間抜けな音が響く。


「…腹減った」
「わたしも。なんか食べよっか」
「ん〜」
「なに食べたい?なまえちゃん以外で」
「え〜お前ナシ?」
「なし」
「ええ〜」
「…っき、昨日いっぱい食べたでしょ」
「うん。でもまだ足りない」
「えっ」

 ま、まだ足りないっていうのか。わ、わたしはもうおなかいっぱいだよ…!
依都の言葉に少し脅えているとわたしの前髪をよけながら『なぁんてね〜冗談だよ』と笑われた。でもわたしが思うに、いまの半分本気だったろうなと、多分。余計なことは言わないけれど。


「で、なににすんの」
「ん〜お前が作ってくれんならなんでもいい〜…んー…あ」
「あ?」
「俺、お前のカレー食べたい。あのおこちゃまカレー」

 もう心配することなんてなにもないのに、一瞬ひやっとしてしまった。心臓がきゅっと縮まった感じ。あの日以来食べてないあの甘口カレーをオーダーするなんて、なかなかえぐいことをしてくる。でもわたしも久しぶりにカレー食べたいな。うちにはなにがあったかなあと冷蔵庫の中身を思い出す。


「……なんも材料ない」
「じゃあ一緒に買いに行く?」

 依都は妙に弾んだ声でそう言って、ほっぺにちゅっとキスをしてきた。依都と買い物。今までは一応周りの目を気にして特定の場所にしか出掛けられなかったけれど、もう届けは提出しちゃったし、一応公表もしてる。(わたしの情報は伏せられているけど)つまりもう、人目を気にせず出掛けられるってことなのか。依都と一緒にスーパーに行ったりコンビニに行ったりできる、と。だから彼の声が少し嬉しそうだったのかな、っていうのはわたしの勝手な妄想だけれど、そうだったらいいな。少なくともわたしは鼓動が早くなるくらいには嬉しい。


「なまえ?」
「……行く」
「ん〜?」
「依都、一緒にスーパー行こ」
「了解。喜んで荷物持ちになってやるよ、俺の可愛い奥さん」
「う、うん…」
「なに、照れてんの?」
「別に、そんなんじゃないし」
「ふうん?まあいいけど〜」

 取り敢えず風呂だ風呂〜!がばっと勢いよく体を起こしたかと思うとベッドの上で転がったままきょとんとしているわたしの膝裏に腕を通して(所謂お姫さま抱っこというやつで)ひょいと抱えられた。突然のことに驚くわたしと、それをおかしそうに笑う依都。いい歳した男女2人がパンツ一丁でぎゃあぎゃあとはしゃぎながら、我が家の小さなバスルームに向かう。数十秒後に、わたしの怒号と依都の驚く声が響くはずだ。わたしにキスしながら手元を見ないで蛇口を捻ったものだから、二人して頭から水をかぶったのだ、許さない。依都を洗面器でぱこんと叩くと、お尻をぺちんと叩かれる。依都のほっぺを摘むと、鼻をつままれる。怒号も驚嘆もいつしか子どもみたいな笑い声に変わり、いつまでもばかみたいな攻防戦を続けるわたしたちはきっと世界で一番幸せな2人に違いないね。






20151015 おめでとうございます太陽

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