「さ、さくらあ…」

 会いたいなあ。
 ツイッターに並ぶ朔良のまっすぐな言葉に思わず目頭を熱くさせていた時に、結崎くんから連絡があった。朔良をパーッと祝うんだけど、それに協力してくれないかと。それはもちろんいいけど、協力っていったってなにも出来ないんだけどなあ、なんて思いつつ彼の話を聞いていればどうやらわたしは朔良と電話をすればいいだけらしかった。それくらいなら、もちろん。というか寧ろわたしから電話したいくらいだった。もう結構長いこと、多忙な恋人の声を聞けていなかったから。二つ返事をして結崎くんとの電話を終え、引き続き彼らのやりとりを見守って数分後。再び結崎くんから電話がかかってきた。丁度朔良が『( °_° )』って顔をしていたあとくらい。
 もしもし、と言う声に被せるように少し高揚した声で朔良はわたしの名前を呼んだ。そして、それにはあいと答えたところで、嬉しくも恥ずかしい酔っ払いの言葉がとびでたのである。

『なまえ、すき。だいすき。あいしてるー』

 なんて、お酒の力と信頼できる仲間、そして愛すべきファンの熱い想いによっていつもよりご機嫌に、そして饒舌になった朔良が電話越しにそう言った。どうやらとっても楽しいみたいだ。後ろの方でヒュウヒュウ!と囃し立てる結崎くんとハルちゃんの声もそりゃあもう弾みに弾んでる。2人もこれまた、大変機嫌がいいみたい。きっと千哉くんはそんな光景を呆れつつ、微笑ましく眺めているのだろう。こっちまで笑顔になれるような空間がそこに広がっているのが電話越しでも十分伝わる。堪えきれず笑みを零してしまうと空気でそれがわかったのか、朔良が、不思議そうにまたわたしの名前を呼ぶ。

『なんでわらってんの』
「ん?なんでもないよ、朔良が楽しそうだなって思って嬉しくなっただけ」
『ん、たのしい。お前の声もきけてうれしい。嬉しいだらけ』
「うん、わたしも。お誕生日おめでとう、朔良」

 ありがと、と言う声が優しくてやわらかくてあったかい。さっきの彼の言葉を思い出してちょっとだけ泣きそうになってると、また後ろの方で2人の黄色い悲鳴が聞こえる。『さくらちゃんのそんな顔、私見たことないわっ!』だとか『キスしろキス〜!キ〜ス!キ〜ス!』だとか『うるさいバカ芹!』という、辛辣な声だとか。まあわたしも、結崎くんなに言ってんのとは思う。

『キスしたい』
「え」
『キ〜ス、キ〜ス』
「さ、朔良まで…」
『キスしたい。お前と』
「え、えっと…こ、今度会ったとき、ね、こんど、」
『明日』
「明日?」
『明日、会いに行くから』
「えええ!」
『ケーキ用意しといて。チョコのがいい』

 よろしく。そう言うとわたしの返事など待つことなく電話は切られてしまった。切れる前に『すきだよ』っていう置き土産も忘れずに。

「明日って、…そんな急に言われても」

 とは言っても無事就活も終わり、残る学生生活は今のところ特にこれといった予定もなく週に何度か大学に行きほぼ毎日バイトをするなめた生活をしているだけなのだけど。
 明日、バイト先のキッチン借りれたりするだろうか。ちゃんとしたケーキ作ってあげたい。ごはんもバイト先のピザとかパスタでいいかな、ご馳走なんてわたし作れないし。何時に来るとか、ていうかそもそも本当に来るのかすらわからないけれど、わたしの胸は確実にドキドキしているし、口元はニヤニヤと緩みっぱなしだ。くそう、絶対美味しいケーキつくるから、絶対帰って来いよ檜山朔良!

▲▲▲

|||

「ちゃんちゃちゃーんちゃーんちゃーんちゃ〜〜ん!」
「音痴」
「うるさい黙ってて」

 わたしが誕生日ソングを歌い終わると朔良は『耳が腐るかと思った』なんて失礼極まりないことを言いやがった。来たときなんか玄関はいっていきなり抱き締めてキスしてくるくらいわたしたちはアツアツだったっていうのに。いまはわたしになど目もくれず、わたしの手元のケーキを見つめながらソワソワしている。

「ロウソクは22本でいいですか?」
「全部立てんのかよ」
「立てようよ、折角もらってきたし」
「ていうかこれ」
「ん?プレート?」
「『さくらくん、22さいおめでとう』って、お前が書いたの」
「そう」
「意外とうまい」
「でしょ」

 ケーキは先輩に手伝ってもらったのもあって、割と美味しそうにつくることができた。多分、味も、大丈夫な…はず。『さくらくん、22さいおめでとう』と書かれたホワイトチョコのプレートの周りに容赦なくぶすぶすとカラフルな蝋燭を立てていく。もうなんていうか、22本もあるとなんか、こう…見栄えは、よくないな。

「…いつか」
「んー?」
「いつか、1本とか立てる日がくんのかな」
「え?」
「チビの」
「チビ?」
「俺とお前の」
「えっ」

 吃驚して朔良を見やれば、相変わらず視線はロウソクが刺さりまくって針山みたいになっているケーキに向けらながら、『ぜってーかわいい』と付け加えた。その表情は少しだけ照れくさそうにも、拗ねているようにも見える。それってどういうこと、と無粋なことを聞いてしまいたくなった。けれど、わたしも朔良もそれ以上はなにも言わなかった。ただわたしは黙々とロウソクに火を灯して、朔良は揺れる小さな炎を見つめるばかりだった。

「なまえ」
「…はい」
「俺から離れんなよ」
「ん」
「誕生日プレゼントとか、別にいらねーから。お前がいてくれんなら」
「うん」
「でも毎年ケーキはワンホールで頼む」
「おい」

 そうだった。ワンホールで食べたいって言ってたんだった。(まあわたしもどうせワンホールで食べるだろうと思ってはいたけど)朔良の発言にわたしが突っ込みをいれたことでいつもと違う雰囲気だったわたしたちの間に、再び普段のゆるい空気が流れだす。ふふ、と笑いを零しながら22本のロウソクすべてに火をつけて、電気を消した。雰囲気は大事ですから。
 さあどうぞ!すすす、と朔良の前に慎重にケーキを差し出すと『ありがと、なまえ。おめでと、俺』と呟いて、22の火を一気に吹き消した。おお、さすがボーカル!

「さすが!」
「さすが俺」

 どや顔をした朔良は頂きます、と手をあわせてケーキにフォークを突き立てた。取り皿はない。あのケーキは全部朔良のものだから。一口くらいは、わけてもらえるんだろうか。

|||

 いつものようにたっくさんのご飯を食べたっていうのに、ワンホールのチョコレートケーキを朔良はぺろっと食べてしまった。すごい。ちなみにわたしにもちゃんと一口わけてくれました。なかなか美味しかった。でも別にケーキが食べたかったわけではなく、朔良がわたしのこと気遣ってくれてるってのを感じたかっただけなんだということをここで零しておく。へへ。
 本人曰くまだイケると言っていたけど、さすがにいつもぺったんこなお腹はいまはちょっとぽっこりしてる。どうせ明日にはまたぺたんこになるんだろう、羨ましい限りだ。そんなことを思いながらわたしの膝の上でごろごろしてる朔良の髪の毛をいじくっていると小さなうめき声が聞こえてきた。

「なまえ?」
「なあに」
「んーなまえー」
「さくらー」
「愛してるよ」
「ぶぇっ」
「うわぶす」

 そう言って笑いながら朔良は上半身を少し持ち上げて、わたしの後頭部をそっと引き寄せる。突然の愛の言葉にぶさいくな声をあげてしまったわたしは驚きやら恥ずかしいやらで大人しくそれに従うしかなかった。ふに、とぶつかるこの感触は随分と久しぶりな気がする。すぐに離れていった唇に少し物寂しさを感じたけれど、心は十分満ち足りていた。

「あー…」
「食べ過ぎた?」
「んー…」
「ん?」
「やっぱかわいいよ、お前」
「えっ」
「…俺、しあわせだ」

 目元を腕で隠しながら、口角をあげて朔良はそう言った。うん、わたしも幸せ。同じように口角を持ち上げて小さくそう呟き、こちらに向けられている掌にちゅ、とキスをした。案外見られてないと、こういうことできるもんなんだな。ようし、もう少し頑張ってみよう。

「朔良」
「ん」
「あ…あ…あ…」
「なに。カオナシ?」
「ち、ちがう!そうじゃなくて、」
「うん」
「あ…、っあ、い、してる……ぜ、べいべ」
「それちゃお」
「えっなかよしじゃなかったっけ」
「そだっけ」

 正解はちゃおでもなかよしでもなく、りぼんなんだけど、これを知るのはもう少しあとのことになる。
 勇気を振り絞って吐き出した愛してるは恥じらいと彼のゆるいつっこみでなんとなく流れてしまった…気がする。まあいっか、変に突っ掛かられるよりは。そう思っていたら小さく笑った朔良がわたしのほっぺを指の背で撫でながら『可愛い、』なんて言ってまたわたしを甘やかすから、ああわたしの言葉は流れてなんていなかったのだと、彼の中にきちんとはいっていたのだと、恥ずかしいような嬉しいようなくすぐったい気持ちになった。居た堪れなくって、なにか言葉を探す。

「えとーあ、あっ!ビールでも飲もっか!」
「おう」

 口惜しいけれど、『唐突だな』と笑う朔良に膝から退いてもらって、急いで冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを二つ取り出す。彼の隣に座り直してぷしゅ、と小気味の良い音とともに開けられた缶をこつんとぶつけ合うと、自然とそのまま唇を同じように軽くぶつけあった。
 朔良、生まれてきてくれて、わたしと出会ってくれて、今も隣にいてくれて、ありがとう。これからもそのままの朔良でいてね。輝かしいあなたの未来に、カンパイ。そしてその未来で、どうかケーキに1本のロウソクを立ててわたしと朔良とチビと一緒に囲めますように。

 隣で朔良が、ビールの缶を天に掲げるように持ち上げた。わたしも、それに倣う。不束者ですが、どうか見守っていていただけると嬉しいです。心の中でそう呟いて、ビールを呷った。ああ、今日もビールがおいしい。そりゃもう、涙が出そうなくらいに。


20150805 朔良お誕生日おめでとう
朔良を起こしに行くの2人と同じ設定のつもり
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