「…よし」

 テーブルの上にプレゼントと手紙…というよりはメモ書きに近いそれをそっと置いた。今年もプレゼントは手作りのリングだ。優がよく行くお店でいつも作らせてもらってる。とても普段使いできるような代物は作れないけれど、それでも優の部屋にわたしが作ったそれが鎮座しているというのはなかなかに気分がいい。(優へのプレゼントなのにわたしが喜んでどうするってね)今回ので…4つ目、だろうか。一番最初に作ったときはほんとに不恰好で優に苦笑いどころかしかめっ面されてしまったものだけれど、さすがに4年目、4つ目となると段々と要領がわかってきて、今年のはなかなかいい出来になったのではないかと思う。形といい、デザインといい、わたし的には最高傑作だ。…と言っても所詮下手の横好き、そしてそれが果たして優の好みに合うのかは些か不安なところではある。

 優は今頃きっと、篠宗さんやスタッフさんたちに見守られながら依都さんと時明さんに可愛がりという名のからかい…いや、お祝いをされているんだろう。あの人たちは優のことが大好きだから、微笑ましいくらいに。そんな彼らの邪魔をする気は毛頭ない。そりゃ会いたくないのかと言われれば勿論会いたい。だけど、わたしより付き合いの長いひとたちを優先させるべきだと思うから、一切文句はない。次いつ会えるかわからないけど、わたし、これでも待てる女だし。(ふふん)だから、今日は取り敢えずプレゼントとお誕生日おめでとうのメッセージだけ届けにやってきた。あと、ビビに会いに。

「ビビ、元気にしてた?」

 優に会ってないのと同じくらいビビに会うのも久しぶりだった。いつも忘れられてたらどうしよう、なんて危惧するのだけど、この子は飼い主ににてとても聡明な子だからちゃあんとわたしの顔を覚えていてくれる。だからこうして頭を撫でることも許してくれるし、気持ちよさそうにうっとりした表情も見せてくれる。ほんと、可愛いなあ。

「優はちゃんとごはん食べてる?冷蔵庫、あんまりものはいってなかったんだけど」

 なにかに没頭すると睡眠も食事も忘れちゃうところがあるから、少しだけ心配してる。まあそういう点はわたし以上に篠宗さんが気にかけてくれてるだろうから、大丈夫だとは思うんだけど。たまには一緒にごはん食べたいなあと思いながらビビを見つめていると、気持ち良さげに細められていた大きな瞳をゆっくりとわたしに向けた。それから頭を撫でるわたしの指を嘴でちょいちょいと突く。なに、慰めてくれてるの。

「…ありがと、また来るね」

 額のあたりをくりくりと擽ればビビは再び目を細めて首を竦めていた。引き続き優のこと、よろしくね。
 さて、と。わたしが手をつける必要もないくらいきちんと片づけられ、整理された部屋をぐるりと見回す。もうちょっとダメな部分があってもいいと思うんだよね。しょうがないひとだなあって言って部屋の掃除とかしてみたいもんだよ、優と一緒にいる限りそんな機会絶対ないだろうけど。

「それではお邪魔しました」

 パンプスに足を通して、ビビだけが残された部屋に向かって律儀に一礼。優のにおいがする、わたしの大好きな空間から一歩外に踏み出そうと、ドアノブに手をかけたときだった。

「あ、」
「わっ!」

 わたしがノブに手をかけてドアを押し出す前に、勝手にそれがわたしの手から遠ざかって行ったのだ。予想外のことに固まっていると、目の前に少しだけ髪と息を乱した優が立っていた。びっくりした。でもどうやらびっくりしたのはわたしだけじゃなかったみたい。優も珍しく驚いた表情をしてわたしを見つめている。

「え、あ、えっと…お邪魔、してました…?」
「あ?ああ…そう」

 わたしが声をかけると優は金縛りから解けたようにはっとして、ばたんとドアを閉め中にはいってくる。決して優の家が狭いわけではないのだけど、さすがに大人2人が立っているには少し玄関は窮屈だ。いつまでも留まっても悪いと思って、『じゃ、じゃあまた』と帰ろうとすると黙ったままだった優の体がぐっと近づいてきて、そのまま彼の香りと体温に包まれた。どうやらわたしは抱き締められているらしい。普段より少しだけ高いように思える優の体温に少しずつわたしの体温と心拍が上がってくる。えっと、ええっと、ああ、そうだ!

「優、ねえ優」
「…ん」
「お誕生日、おめでとう」
「ん、…どうも」

 今年もこうして、優に直接おめでとうと言えることが嬉しい。自然と口角が持ち上がるのを感じながら言葉を続ける。

「テーブルの上にプレゼント置いてるからね。今年はなかなかいい出来なんだ、きっと優も驚くよ」
「そう」
「…えっと、優?」

 どんどんと力強くなっていく抱擁に思わず声をかけると、優はなにも言わずに静かに長く細い息を吐き出した。まるで安堵したかのようなそれを不思議に思いながらわたしもそっと彼の背中に手を廻すと、また少しだけわたしを抱く力が強くなった。

「………いる気がした」
「え」
「あんたが、うちにいる気がしたからあいつら振り払って帰ってきた」
「ええ、そうだったの」

 そんなことしなくてもよかったのに。ていうか、もしかしてそれで若干息切れしているのだろうか。わたしが自分の家にいる予感がして、慌てて帰ってきたって?…なにそれ、優らしくない。わたしのことなんて後回しでいいのに。そう思いはしたけれど、鼻の奥がつうんとするような喜びがこみ上げてくる。

「…わたしに会いたかった?」
「別に、そういうんじゃない」
「ふうん」
「………何」
「素直じゃないなあって思って」
「うるさい。にやにやするな」
「ふふ、ごめん。でもわたしは会いたかったよ、誕生日にちゃんと優におめでとうって言えて嬉しい」
「聞いてない」
「はいはい、すいませんでした〜」
「依都みたいな話し方するな」
「すまないな!」
「おい」
「…なんてね?」
「いい加減にしろ」

 嗜める言葉の割には随分と優しいキスだった。すぐに離れていってしまったのが寂しくて無意識のうちに彼の唇を見つめてしまうと、ふ、と意地悪くそれが歪んで、わたしの望んだようにもう一度重なる。優の服にしがみつきながら背伸びをしてもっと、と求めればくっついていただけのキスが段々と深いものに変わっていく。わたしの頬に添えられた優の手にはまったリングがひんやりと冷たい。

「今日は泊まっていけ」
「…いいの?」
「いいもなにも、そんな物欲しそうな顔したあんたをのこのこ帰すわけないだろ」

 あらやだ、わたしそんな顔してるの。自覚していなかったわけではないけれど、顔にでてるなんて少し恥ずかしい。思わず両手で顔を隠すと頭上から微かに笑いが零れた音が聞こえて、それからそっと手を引かれた。

「誕生日とか、本当はどうでもいいんだけど」
「うん…?」
「期待してるから、俺」

 それは、このあと行われることに対してだろうか。期待されてもそれに応えられる自信はあまりないのだけど、まあ愛する彼にそう言われてしまったのならやるしかない。忘れられない夜にしてあげるね、なんて冗談目かしてその背中に声をかければ、やれるもんならやってみろと言わんばかりに繋がれた手に力がこめられた。

 事が終わったら、優にリングつけてもらおう。左手の薬指に嵌めたら怒るかな、なんて考えながら柔らかなベッドに沈み込んだ。

20150602 優くんお誕生日おめでとう
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