もう目覚ましは、とっくにわたしたちを起こすことを諦めていた。何度も起こしたのだという事実を証明するようにディスプレイにはずらりと並んだスヌーズ機能が働かせたあとが残されているけれど、んん、全然聞こえなかったなあ。顎が外れそうなくらい大きな口を開けて欠伸をしながら、すぐそばの体にしがみついた。起きてんのかな。
 それにしても、同じ毛布を被って、くっつきあって眠るのには少し暑い季節になってきた気がする。ずっと春か秋だったらいいのに。夏ってイヤ。暑いし、くっつけないし。冬はくっついていられるから夏よりは好きだけど、一人の時は余計寂しいし寒いから、やっぱり春か秋がいい。ハル、っていい響きだしね、へへ。そんなことをぼんやりと考えながら、女であるわたしよりもすべすべの肌に頬ずりをしているとくすぐったそうな声が頭上から響く。いつもの鈴を転がすような声ではないそれは、少しだけ低く甘い響きを孕んでいて胸の奥のほうがきゅんと切なくなる。

「…なあにしてるの」
「ん〜?んふふ、すりすりしてるの〜」
「すりすりしてるの〜じゃないよ、もう。ふにゃふにゃした顔しちゃって」

 朝から随分可愛いことしてくれるね、とくすくす笑いながらおでこにちゅっとキスをされて、わたしの顔はきっともっとふにゃふにゃしたものになったに違いない。もっかい、とねだると今度は鼻の頭に唇が降ってきた。ついでに少し齧られた。宗ちゃんはたまにこうやってわたしのほっぺや鼻を(やさあしく)齧ることがある。本人曰く可愛すぎて食べちゃいたくなっちゃうのよね、とのことだけれど、わたしの鼻の頭に齧り痕がつかないか心配になることもままある。まあ、宗ちゃんに限ってそんなヘマはしないとわかってはいるのだけど。

「おはよ、俺のお姫さま」
「おはよ、わたしのかっこよくて可愛い22歳の王子さま」

 昨日はこの、わたしの世界で一番大切なひとの誕生日だった。大学から帰ってきたハルちゃんは両手いっぱいにプレゼントを持っていて、そんなみんなに愛されている姿にわたしも嬉しくなったものだ。嫉妬など、するはずもない。だってみんなに慕われて、祝われているこの素敵な、榛名宗太郎という人間は、確かにわたしを愛してくれているということを日々実感しているからだ。すごい惚気でしょう?わたしもそう思う。
 だからわたしは余計な感情に捕らわれることなく、自分にできることを全うしたのである。宗ちゃんの好きなお料理やお菓子をたくさんつくって、もちろんケーキだって。プレゼントに用意したネックレスは随分と悩んで選んだものだったけれど気に入ってもらえたみたい。宗ちゃんの誕生石のエメラルドをあしらった、派手すぎず地味すぎず、ユニセックスなデザインのもの。大事にしなくちゃね!と言いつつも『あんまりにも嬉しいから、今日だけはつけて寝ちゃおうかしら』とはにかんだ宗ちゃんにわたしは思わず泣いてしまいそうだった。いまも彼の首元で小さく煌めいているそれを見るとちょっとだけ目頭が熱くなる気がする。あとは、その、…よ、夜の方と、いいますか。頑張った。わたしのなけなしの勇気を振り絞って、頑張った。別にそんなことしなくても宗ちゃんは喜 んでくれるってわかっていたけど、わたしがそうしたかったから、色々頑張った。うん、ほんとに。頑張った。

「ん〜よく寝た。あー…さっき朝って言ったけど、もう時間的にはお昼だね」
「ね。わたしも宗ちゃんも寝過ぎだよ」
「昨日はしゃいじゃったからね、誰かさんのお陰で」
「も、もうあまり昨日のことには触れないでください…」
「ふふ、やぁだ。俺、絶対昨日のこと忘れないよ。あんな可愛いなまえを忘れるくらいだったら死んだほうがましだもん」
「それは言い過ぎです」

 えー本気なのにぃ、と唇を突き出していじけた風にしている宗ちゃんは、とっても可愛い。お肌もすべすべだし(そりゃもちろん宗ちゃんの日々のケアの賜物なわけだけど)、顔も可愛いし、撮影やベースを弾いてるときなんかは本当にかっこいいし、向かうところ敵なし!だ。羨ましいな。宗ちゃんの、これまたサラサラの髪の毛を指に巻き付けながらじいっと綺麗な顔を見つめていると、視線がばちりとあって男女イチコロスマイルをお見舞いされた。うう。たまらず首に腕をまきつけてぎゅうっとしがみつくように抱き着けば、当たり前のように受け止めて抱き返してくれる。

「すき。宗ちゃん」
「俺もだーいすき」
「ハルちゃんも、だいすき」
「…私もだぁいすき」
「ふふ、なんか照れちゃうね」
「立派なバカップルね」

 そろそろ起きましょうか、とハルちゃんにしがみついたまま体を起こして今日の…半日の予定を考えた。本当は午前中に起きて最近日本に上陸したという人気のパンケーキ屋に並ぶつもりだったのだけど、もうこの時間じゃあ無理だ。う〜ん、どうしようか。だけどそろそろ起きないとダメ人間になっちゃいそうな気がするし、おなかもすいてはいるんだけど。

「…もうちょっとなまえといちゃいちゃしてたい気分だわ」
「まったくおんなじこと考えてた」
「以心伝心ってやつかしら」
「そうに違いないわ!」
「あらやだ素敵っ!」

 寝起きでテンションがおかしいのかな、わたしたちは。折角起こした体を再びベッドにぼふんと勢いよく沈めてぎゅう〜っと抱き合えばわたしたちの鼓動が1つになっている気がした。慈しむように向けられた眼差しが、陽だまりのように心地いい。宗ちゃんにとってわたしもそんな存在であれたらいいんだけどなあなんて願いにも似たことを思いながら目を瞑ると、またしても鼻の頭をかぷかぷと食まれた感触。やっぱり可愛いから食べちゃいたいんだって。そんな風に言ってもらえると、本当に自分が可愛いのかもだなんてありえないことを考えちゃうね。

20150505 
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