仕事は好きだ。
 自分の好きなことを生業に出来ているのはラッキーだし、幸せだし、この仕事以外に就いている自分など到底想像できなどしない。天職と言っても過言ではないんじゃないだろうか。ここまでの道は決して平坦なものではなかったけれど。
 ただまあ、好きなことと言っても疲れるもんは疲れる。歳を重ねるにつれて少しずつ疲労しやすさと回復の遅さが反比例してきているのもなんとなく感じてる。まあ酒飲めばすぐ元気になるし、いつまでも心はピチピチの18歳なんだけど。…って、きっとこういうこと言ってる時点でそこそこのおっさんなんだろう。やめよやめよ。

 眺めがいいからという理由だけで選んだ最上階の部屋は、期待通りの景観を楽しむことは出来るもののどうにもそこまでの道のりが長い。3階くらいがちょうどよかったのかもしれないな、と思う。アイツんちみたいに。ネオンが煌めく夜の都会を一望できるより、移り行く四季をぼんやりと確認出来るくらいの高さの方が、俺にはお似合いだったのかもしれない。そんなことを考えながら、静かに上昇するエレベーターの角にもたれかかって、天を仰いだ。ずしりと今日までの疲れが体にのしかかる気がして、空気を抜くように、静かに深いため息をついた。いつから休んでいなかったのか、それも思い出せない。でも、嘆いてもどうしようもない。好きなことをやらせてもらえてること、それを支えてくれるメンバーやスタッフのこと、俺らについてきてくれるファンのこと。それら全てに感謝して、期待を裏切らないように、ただひたすらに、突っ走るしかないんだ。

「あー…」

 肉じゃが食いたかった。
 漸く明日は1日なにもない日だ。折角だから会いに行こうと思っていたのに、疲れに負けた俺は負け犬のようにのこのこ冷たい我が家に帰ってきてしまった。顔が見たい、声がききたい。そんな、女々しいことを思ってしまうのは疲れているからなのか?情けない。
 なまえに、あとで行くかもしれないと連絡をしたら、とても珍しがられた。普段彼女の家に行くときは連絡なんてしないでふらっと立ち寄るから、事前に知らされたことに驚いたらしい。そして心配もされた。そんなこと言ってくるなんて疲れてるんだって、無理をしすぎていないかって。無理なんてしてない、本当だ。ただ今日はお前の肉じゃがが食いたい気分だったから作っておいてと伝えたかっただけだ、と本気と冗談の入り混じった言葉を吐いた。もうご飯食べちゃったよと笑っていたけれど、多分、いや絶対に、アイツは作ってくれていたと思う。わかっていたからこそ、行けなくなったと伝えるのが辛かった。俺はいつもあいつを悲しませてばかりだ。やっぱり情けない。

 漸く最上階について、のそのそと足を動かす。腹減った。でもそれ以上に眠い。欠伸をしながら鍵を差し込んでドアをあけると、自分の靴しかないはずの玄関に、見覚えのあるちっさいパンプスがちょこんと行儀よく並んでいた。ぼんやりとした頭は状況を理解するのに少々時間を要したが、ん?…これは、俺のじゃないよな。

「……まじか」

 来ているのか、あいつが。だけど部屋は家を出たときと同じように電気の着いていない薄暗い状態のままだ。本当にいるのだろうか?それとも泥棒か?はたまた、このパンプスは俺の幻覚か?まじ?そこまで疲れてるの俺?
 少し慌てながら靴を脱ぎ捨ててリビングを覗くとソファに丸まっている、なにか。規則正しく呼吸するそれは、冷え切っているはずの部屋の中で唯一温もりを持っていた。昨日脱いだままソファにかけっぱなしだった俺のジャケットを申し訳程度にかけてすやすやと眠っているのは、間違いなく俺の会いたいヤツだった。
 こんなとこで、俺のジャケットなんてかけながら寝やがって。このソファは寝るには硬すぎる!とか文句を言っていたくせに爆睡じゃんか可愛いなこのヤロー。ずっと寝顔見つめるぞコノヤロー。
 しかし風邪を引かれては困る。全く、世話が焼けるな〜と思いながら、口元に浮かぶのは笑みだ。時明みたいなポーカーフェイスは俺には無理だとつくづく感じる。

「おいなまえ。こんなとこで寝んなよ」
「んぅう…?よ、と…?」
「依都だよ〜ヨットじゃないよ〜」
「んなこと、いってない…もん…ん〜ふああ」

 大きなあくびをしながら体を起こしたなまえは体が痛いと文句を言っていた。まあ確かに寝るにはちょっと硬いんだよね〜このソファ。まあここに引越ししたときに貰ったもんだし、新しく買い直してもいいんだけど。もっと寝やすいのにするかな。

「ん〜はあ…あっ、そうだ。おかえり!」
「ん、ただいま〜」

 おかえりとただいまを言いあうことにこんなにも感動したことはあるだろうか。なにも特別でないことなのにバカみたいに顔が緩んでいる気がして、それを見られないように寝起きでむにゃむにゃと動いていた口にキスをした。ただいまのキスってところかな。

「お前来るなら連絡しろよ〜泥棒かと思ったじゃん」
「いっつもわたしが連絡してって言ってもしないくせに」
「俺はいいんだよ、俺は」
「俺様!」
「依都さま〜!」
「フゥ〜!ってちがう!」

 ばかじゃないの!とノリ突込みをかまして笑いながら俺の体を軽く叩いたなまえから、ふわりとシャンプーの香りがした。なんかリンゴのにおいがするやつ。最初はあんまり好きじゃなかったけど、なまえといるうちに慣れたし、寧ろ好きになったっていうか、安心するっていうか?兎に角このにおいが好きだ、なまえがすぐ傍にいることを感じれるから。髪に鼻先を差し込んですんすんとわざとらしくにおいをかいでやれば恥ずかしそうに肩を押してくる。あ〜すげーなこいつ、なんか、疲れてんのとか忘れそう。

「で、なんでいんの?寂しくなっちゃったとか〜?」
「は、はあ?ちがいますう〜肉じゃが持ってきたんですう!」
「あー…作ってくれたんだ?」
「作ったよ、それもたくさん食べると思っていっぱい!」

 ほっぺを膨らませながら『あんなの一人じゃ食べ切れないし!責任持って食べてもらわないと!』と文句を言う姿にさえ笑みが零れる。あー俺はもうダメだ。きっともう、こいつがいない未来など考えられない。鍋持って電車乗るの恥ずかしかったからタクシー使っちゃった。そう言ってはにかむなまえの腰をそっと引き寄せた。

「…だから、わざわざ届けに来たんですう」
「それだけ?」
「そ、それだけ」
「ほんとに〜?」
「…ほんとに」
「ふ〜ん?」
「ま、まあその……ついでに顔も、見に来たんですう!」

 ついでだよ、ついで!そう念を押しながら、顔を隠すように俺に抱きついてきたなまえを受け止めてぎゅうっと廻した腕に力をこめた。あー可愛い可愛い。ぐりぐりと胸に頭を擦り付けてくるなまえのつむじにキスをすると擽ったそうに笑う声が胸に響く。つられて笑いそうになるけど、なんか悔しいからぐっと堪えた。

「俺もちょうどお前のぷにぷにした顔を見たかったんだよね〜」
「ぷ、ぷにぷにだと!」
「え〜ほんとにぷにぷにじゃん?ほら〜」
「やっやめなひゃい」

 少し赤く染まっているなまえの頬の感触を楽しむように両手で挟めば、あっという間に間抜けな顔になる。可愛い。それは俺の意思とは無関係に、勝手に口をついてでた言葉だった。あ〜あ。口に出すの我慢してたのにな〜。…まあいいや、すげー嬉しそうだし。間抜け面のまま嬉しそうに目を細める表情にたまらなくなって、突き出た唇を食べてしまわんとする勢いで口付けた。ほっぺはぷにぷに、唇はふにふに、女の子はどうしてこうも柔らかいんだろうか。

「…あのね、ほんとはね、肉じゃが冷蔵庫にいれたら帰ろうと思ってたんだ」
「うん〜?」
「でもなんか、あのー、もしかしたら帰ってくるかなあって思って…ソファでゴロゴロしてたら寝ちゃった」
「うん」
「だから、えっとその…肉じゃが、たべる?」
「食べるよ〜…お前を美味しく頂いたあとにね」
「あ〜れ〜」

 おどけてるなまえをひょいっとお姫さまだっこして、寝室へ向かう。いつもは抵抗するくせに、今日は随分大人しいところを見ると、コイツ…俺のこと誘ってたな。伏せられていた顔を覗き込むと相変わらず顔を赤くさせたまま、もう一度『あ〜れ〜…』と小さく呟きながら俺から目を逸らした。…しっかりと、俺の首に腕を廻して。ぐん、と自分の体温があがった気がする。たまらなくなって、何度も子供みたいなキスを送りながらそっとベッドに体を沈めた。性急に服を脱がしながらなまえをがぶがぶ食べようとしている自分に、ふとさっきまでエレベーターの中でへばりそうになっていたことを思い出す。あれ、俺さっきまで疲れてたんだよな?これからヤることヤろうとしてるけど、もう回復したの?ふ〜ん、やるじゃん。案外俺もまだまだ若いじゃんか。おっさんになったなんて、やっぱり気のせいだね。

20150421 城坂依都もたまには疲れる
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