『なー、今お前なにしてる?』

 晩御飯を食べて、お風呂にはいって、髪かわかすのめんどくさいなあとテレビを見ながらアイスを齧っていたときのことである。ぶー、と携帯が振動したかと思えばメッセージアプリの通知がわたしを呼んでいた。灰羽リエーフ。うちのクラスのバカでかいバレーボール野郎だ、一体なんだ。課題なら見せてやらんぞ。わたしもやってないからな!
 アイスのチョコをぱりぱりと前歯で砕きながら『アイス食べてる』と返すとすぐ『電話してもいー?』と返された。…あいつ意外と打つの早いよな。わたしはこの携帯にしてだいぶ経つけれどいまだにフリック入力に慣れない。誤字ばっかりしてよく笑われる。どいつもこいつも揚げ足とりやがって。…っていうか電話かかってきた。わたしまだいいともなんとも言ってないのに。

「…もしもし」
『おー!今からお前んち行くから!』
「は?」
『は?じゃなくてー!いまからお前んち行くから準備しといて!』
「なんの?なんの準備をしとけと?ていうか何しにくんの?」
『え?女ってなんか色々準備あんだろ?よくわかんねーけど。取り敢えず俺に会う準備しとけよ』

 『じゃ!10分くらいで着くからヨロシクー!』
 じゃ!じゃねーよ。結局なにしに来るか言ってないしお前に会う準備ってなんだよ。ほんとに来るのか?なにしにくるんだ?言っとくけど課題はやってないからなマジで!なんだかよくわからないけど、ひとまず髪はかわかすかぁ。風邪引いてもいやだし。残り少しだった溶けかけのアイスに齧りつく。あ、当たり棒だ!やった!

▽△▽

 ガシガシと雑に髪を乾かしている間に190センチ越えの大男がうちの前にやってきた。やってきてしまった。『ついたー』と呑気なメッセージが飛んできたので、一応確認のためにカーテンの隙間から外を覗いたら確かに生垣から余裕で飛び出してる銀色が外灯できらきらしている。げえ、まじできたぁ。まあ、でもさすがになんの用もなく来たわけでもないだろうし行くかぁ。外寒そうだなぁやだなぁ。明日じゃだめなのばかぁ。
 心の中で文句をたれながら裏地がもこもこしているパーカーを羽織って外へ一歩でると、案の定外は冷え込んでいて思わず肩を竦めた。無理、さむい。家の中に再び戻ってリビングに放ってあった弟のマフラーを首に巻いた。まじでくだらない用だったらリエーフによじ登ってでもたっかいところにあるその中身のない頭、ぶん殴ってやる。

「おっきたきたー。よお!」
「よお!じゃないんだけど。ていうか半袖!?ありえない寒い!見てて寒い!」

 そうかぁ?と首を傾げるリエーフは半袖にジャージ、体育のときとおんなじような格好でチャリに跨っていた。わたしはもこもこパーカーにマフラーの装備なのにすごいなこいつ。スポーツマンっていうのはこういうもんなの?代謝がいいと体温があがりやすいとか聞いたことあるけど、そういうことなの?あ、ロシアの血が寒さに強くさせてるとか?それともコイツがバカで外が寒いとかそういうのもわからないせい?全部ありえそう。

「…で、どうしたの?何用ですか」
「マンガ!返しに来た!」
「え?」
「ん?」
「…もしかしてそれだけ?」
「へっ?そうだけど」

 …明日じゃだめだったのか?ソレ。まあ確かにトータル10冊くらい貸してたから学校に持ってこられても荷物重くなるから助かるっちゃあ助かるけどさ…助かるけど。

「今じゃなくてもよくない?」
「んーまあそうなんだけどさ。さっき丁度読み終わったしー、スッゲー面白かったから誰かに感想言いたかったし!あとなんかお前の顔見たくなった」
「でしょ!?面白かったでしょ!?ちょっとぐろいけど最近読んだ中じゃ結構当たりだと思うんだ!」
「7巻はやばかったけどな!お前、だって、耳からムカデとか…あームリ!マジムリ!言ってるだけで鳥肌立ってきた!」
「わたしもそこやばかった!あああ思い出したら痛くなってきた!バカリエーフ!」
「ゴメン!」

 2人でその場面を思い出して、あああ!と変な声をあげながら体を震わせた。傍から見たら異様な光景だったと思う。いやでも気に入ってくれたならよかった。女友達に薦めても『グロいのはムリ!』と散々拒否されてたもんで、こうやってあれこれ言い合えるのは嬉しい。そうかー、わたしと感想言い合いたいがためにわざわざやってきたのか。なかなかカワイイやつじゃんか。まあそれも明日やればよくない?って思わないこともないけど。あとなんだっけ、わたしの顔見たくなった?そうかーそれも明日どうせ学校で会うんだからよくな、い…ん?わたしの顔見たくなった?待て、どういうことだ。

「どういうこと!?」
「え?だからあんだけ折られたらカネキの指の骨めっちゃ丈夫になってるよなっていう、」
「いやいや!カネキくんの骨事情じゃなくて!わたしの顔見たいってなに!?え!?」
「は?いやそのまんまの意味だけど」
「なんでわたしの顔見たくなる?そんなことある?」
「お前、俺の顔見たくなることねーの?」
「ねーよ」
「まじかー俺ちょいちょいあんだけど」

 まじかよなんなんだよお前。わたしがよっぽどカワイイなら話は別だけど凡人を絵に描いたような女子高生の日本人顔を見たくなるとか物好きにも程があるな。話によるとわたしに借りたマンガを読んでいたらマンガからわたしのにおい(わたしの部屋のにおいだろうけど)がしたらしく、『あ、会いてえ』ってなったらしい。珍しいこともあるもんだなあ!?

「なんかわかんないけど、わたしのこと好きなんだねリエーフクン…」
「うん、すき」
「…いや、あの、そこは『そんなんじゃねーよ!』みたいな返しを求めてるんだけど」
「なんで?俺お前のこと好きだけど。つーかお前スッピンのが可愛いんじゃね」
「そういうのいいです」

 そうだわたしいまスッピンなんだ。リエーフだから別にいっか〜と思って髪かわかすくらいしかしなかったけど、もしや顔面整えておくべきだったのでは。今更すぎるけど。もうがっつり見られてるけど。190越えの男がその腰を折ってまでわたしの顔覗き込んでにこにこしてらっしゃいますけど。なんかやだ、いっつもリエーフにどきどきなんてしないのにさっきこいつがどういう意味合いだかもわからんオマエノコトスキ発言するから妙に意識してしまう。わたしちょろすぎか。

「ちょ、ちょっとなに、やめて覗かないでよ」
「なんで?いーじゃん別に。顔見に来たんだし」
「いやいやマンガの感想だけ言ってさっさと帰りなさい。まじで」
「えー」

 マフラーで顔を半分くらい隠してシッシと追い払うような手振りをすると、唇を尖らしてケチだのなんだのぶーぶー文句を言い出した。子どもか。

「ていうかソレ、お前の?」
「それ?」
「マフラー」
「あーこれ、弟の」
「えっお前弟いたの」
「いるよ。あのマンガも弟に教えてもらったの」
「フーン…」

 大きな目が少し細められて、眉間に皺が寄る。唇がますます突き出る。なんだその顔は。何が言いたい。

「面白くない」
「なにが」
「わかんねーけど。面白くない」
「意味わかんないんですけど」
「俺だって意味わかんねーし。んーあー、なんかわかんねー。帰る」
「随分いきなりだな」

 急に不機嫌になったリエーフにちょっと戸惑う。その顔、その態度…も、もしかしてコイツ弟に嫉妬とか…いやいやまさか。そんなはずないですよね。だって弟だよ。中学2年生、今まさに黒歴史を着々と築きつつある我が弟にこの男は嫉妬している?まさかね。でも明らかにマフラーの話をしてから不機嫌になってる。ウソだろ。

「…ねえリエーフ」
「なに」
「その、…わたしのこと好きなの?」
「好きつってんじゃん」
「友達として?」
「友達としても好き」
「も、っていうのは…」
「女のコとしても好き」
「そうですか…」

 やっぱりそうでしたか。ありがとうございます。それが告白なのかよくわからないけど、どきどきしてしている自分がいる。はあ、異性にすきだなんて言ってもらったのは小学2年生以来だ。嬉しいけど、素直に喜んでいいんだろうか。
 困惑するわたしの隣で、不貞腐れて今にもペダルを踏んで帰りそうなリエーフに「待て」をかけて、一度家に戻る。急いでリビングに行ってそれをポケットに突っこんだ。なんていうか、どきどきさせてくれたお礼だ。帰ってたらどうしよう、と少し心配になってアイツが来たときと同じようにカーテンの隙間から外を見てみたらまだ生垣の向こうで銀色がきらきらしてる。よかった。…ん?よかったってなんだ?別に帰ったっていいじゃん、どうせ明日会えるんだし。ヘンなの、と思いながら首に巻いていたマフラーを元あったようにソファに置いていた。……んん?なんでマフラー外したんだ?いや、なんだ、やばい。考えないほうがよさそう。自分の行動の意味に気づきそうになって慌てて外へでた。

「リエーフ!」
「ん?…なにそれ」
「当たり棒!当たったからあげる」
「マジ!?当たったとかすげー!初めて見た!」

 洗ったとはいえ、わたしが口にいれていたものだから一応サランラップで巻いたアイスの棒を渡すと、リエーフはそれを目をきらっきらさせて眺めていた。そんなに珍しいか?喜んでくれたならいいけど。ほんと、でっかい子どもみたいだ。

「機嫌直った?」
「…別に、そういうんじゃねーし」
「拗ねてたくせに」
「拗ねてない」
「あっそ」

 首を撫でる夜風が冷たくてさっきよりも寒く感じる。パーカーを首元まで引き上げて両脇に手を挟み込んでいるとそれに気付いたリエーフがあっ、て顔をした。そしてぱちぱちぱち、とまばたきを繰り返したあと、なぜか、ヤツは、自分のTシャツを脱ごうとし始めた。(エッ!!!!)

「なにしてんの!?」
「さむそーだし、けど俺マフラーもってねーから、代わりにTシャツ首に巻いてやろうと思って」
「結構です!意味わからん!」

 脱がせないようにTシャツをおさえていると、リエーフは諦めたのか『エンリョしなくていーのに』と両手をポケットに突っこんで大人しくなった。
 しっかしまあ、こうして近くにいるとほんとにおっきいなあ。わたしは160もないから、えっとー30センチくらい身長差があるんだよね。人ってこんなにおっきくなれるもんなんだなと感心する。そこから見る世界は、きっとわたしが見てるのとは全然違うんだろうなあ。

「お前ちっちゃいなー」
「お前がでかすぎんの」
「あ!俺いいこと思いついた!」
「なに?…や、やだ待っていやな予感する!」
「へへーん!逃がしマセーン!」

 逃げ遅れたか弱いわたしは獅子・リエーフによってがぶがぶと頭から食われる…なんてことはなく。おっきな体でぎゅーっと抱き締められた。やめろ。家の前で男に抱き締められてるなんて知られたら弟にツイッターのネタにされる!『【リア充】姉が家の前で男と抱き合ってる【爆発しろ】』とか書かれて画像つきでいろんな人にリツイートされたらどうすんだ!ネットの力なめんなよ!
 音駒いられなくなるなんてイヤ!と思いながら抵抗してみるものの、か弱い乙女が獅子に敵うはずもなく、ため息を吐いて諦めるほかなかった。リエーフはそれに気をよくしたのか、ちょっとだけ抱き締める力が強くなって、わたしに至ってはこいつめっちゃあったかいなーなんて呑気なことを考える始末である。頼むから弟よ、どうか3DSに夢中になっていておくれ。全国の友達と大乱闘していておくれ。姉ちゃんはいま、我が家の前で男と抱き合っている。

▽△▽

「ん、じゃー俺帰るわ。コレ、サンキューな」
「うん、そのアイス美味しかったから食べてね」
「ん!なあ、このあたり棒って返してもらえるもん?」
「さあ。どうだろ」
「ふーん、そっか。まーありがとな」
「うん、気をつけてね」
「あ、なまえ」
「ん?」
「俺、マジで好きだから。あとやっぱスッピンのが可愛いと思う。化粧してても可愛いけど」
「もういいから早く帰れ」

 へーいとやる気のない返事をして大男はチャリに跨った。数メートル進んだ後、一度振り返って満面の笑みを浮かべながら手を振ってきた姿にちょっときゅんとしたなんてそんなのは気のせいだし、人通りがないからって蛇足運転をしながら帰るヤツの背中が見えなくなるまで見守っていたこの行為にまったく意味はない。そう、意味はない。

「…」

 さっさとおうち入って、炬燵でぬくぬくしながらもういっこアイス食べよ。また当たったりしないかな。

 翌日、学校に行くとリエーフがネックウォーマーをくれた。マフラーはもってないからこれをやる、と。自分のがなくなるけど大丈夫なのかと聞けば今度一緒に買いにいこうと言われたけれど、これはデートのお誘いか?いやそもそもわたしたちは別に付き合ってないよな?そんなことを1日中考えていたわたしは、家に帰ってこっそり例のネックウォーマーを被ってみた。たちまちリエーフのにおいがして、なんとなく顔が見たくなった。なるほど、こういうことだったのか。


20141102 スペシャルサンクス:東京喰種
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