いい天気だ。ソファに体を預けて首を横に向ければ窓からはぽかぽかと暖かい日差しが差し込んでいるし、ガラスの向こうの青い空には白い雲がぽつぽつと浮いている。なんと穏やかな日だろうか。それだというのにわたしたちと言えばろくに服も着ずにうっすいタオルケットを体に巻きつけただけの状態で2人ソファに並んでいた。隣ではあそこに浮かぶ雲のように白い煙を吐き出し続ける男が携帯でゲームをしている。

「あーお花見したいな。桜見たい」
「見てんじゃねーか」
「朔良じゃなくて桜ね、花の方」
「大差ない」
「あるわ」

 前はうちでもちょっとした花見なら出来たのだけど、ここから見ることができたその桜は、大家さんの都合なのかなんなのかよくわからないがある日突然バッサリと切られてしまった。いまは太い幹とそこから少し生える枝が僅かにあるだけで、もちろん花も申し訳程度にしか咲いていない。あの桜、結構立派で綺麗だったのに、勿体ないなあ。

 窓の外に視線を向けたままため息を吐くと、朔良の手がわたしの顎をはさむ様に鷲掴んできて、無理やり彼のほうに向かされた。ん、と一言だけ発せられた彼のそれにはきっと俺でいいだろという意味合いがこめられている。だからね朔良くん。さくらはさくらでも、朔良と桜は違うんだよ。まったく別物なんだよ。朔良のこと見てもあ〜きれいだな〜春だな〜ってならないでしょ。

「ハルちゃんとお花見しに行こうかなあ…」
「俺は」
「興味ないでしょ」
「ある」
「嘘つけ」
「ほんと」

 あなたが興味があるのは桜じゃなくて花見客狙いの出店でしょうが。去年お祭りに行ったときは、恐らくお祭りのメインイベントであろう花火が始まった途端にわたしの手を引いてほぼ片っ端から食べ物系の出店に突撃していた。なぜそうするのかって、みんなが花火を見に行くから屋台が空くからだ。わたしは花火が見たかったのに、と拗ねたらコンビニで花火セット買ってきて一緒にやってくれたから、それはそれで楽しかったのだけれども。

「桜の下でお酒飲んでさ〜ほら、日本酒に花びらとか浮かせてみたいじゃん」
「おっさんみたいだな」
「失礼な」

 拳を作って隣の男の腕を軽く殴ればチッと舌打ちが聞こえた。たぶん今のでコンボが途切れたんだ。ざまあみろってんだ。可愛い彼女をおっさん呼ばわりなんてするから。

「朔良」
「ん」
「もう4年だね」
「おう」
「今年度の抱負は?」
「お前と一緒にいる」
「いや、なに抱負なのそれ。嬉しいけど抱負じゃないねそれ」
「歌う」
「うん、まあね、そうだけど」
「卒業する」
「朔良に聞いたわたしがばかだった」

 はあ、と溜息を吐いて、そのまま胡坐を掻く朔良の太ももあたりに頭を乗せてごろんと寝転がる。ついでにゲームの邪魔ができたらラッキーなんて思っていたけど今度はひょいっとかわされてしまった。更にはそのかわした手をわたしの頭の上に置いてきたからちょっぴり悔しさすら感じる。彼女を放っておいてゲームばっかりしやがって。

「…お前は?」
「ん?」
「抱負」
「わたしの抱負?」
「そ」
「わたしの抱負は〜…うーん、取り敢えずどっかに内定もらうことだよね」
「就活すんのか」
「当たり前じゃん、するよ。っていうかしてるよ。髪黒くなったでしょ」
「あー、うん」

 先のことを考えると不安しかない。わたしみたいなポンコツ、どこの会社が拾ってくれるというんだろう。履歴書を書くために自分の短い人生を振り返ってみたけれど特記することは皆無だし、友達みたいにサークルを頑張ったわけでも留学に行ったわけでもボランティアに参加したわけでもなく。ほんと、バイトくらいしかしてこなかったなと今になってこれまでの学生生活を反省する。別にサークルとか頑張ったからといって内定もらえるかといったら、そういうわけでもないんだけど。…ああやめよ、こんなこと考えるの。寝返りをうって朔良のお腹に顔を埋めると、携帯を机に放り投げた手がわたしの頭をぽんぽんと撫でる。

「まあ、ほどほどに頑張ればいいんじゃね」
「無責任な」
「無責任じゃない。そのうち俺がなんとかしてやる」
「なんとかって?」
「嫁にする」
「…なんでそういうこというの」
「嫌?」
「いやなわけないけど…先のことなんてわかんないじゃん。別れるかもしれないし」
「別れねーよ」
「そうしてくれるといいけど」
「任せとけ」

 カチカチ、と頭上でライターの音が聞こえる。新しいタバコに火を点けたらしい朔良は背中を丸めてわたしの米神にちゅ、と口付けた。意外と体柔らかいよね、と脳内で呟く。
 …あーあ、なんだか眠くなってきちゃった。大きく口を開けてあくびをすると『寝るなら降りろ』と言われたけど、無視した。誰のせいで眠いと思ってんだ。どっかの絶倫に長時間付き合わされたからだぞ、ってね。

「…さくら」
「ん」
「やっぱり今度、一緒にお花見しようよ」
「2人で?」
「うん」
「ん。なら行く」

 約束ね。
 朔良の手を手探りして、見つけたそれに自分の小指を絡めて、目を閉じた。小さく笑った声が聞こえた気がして、わたしも口の端を少しだけ持ち上げる。言わなくてもわかってると思うけど、桜より朔良のほうが好きだからね。口には出さなかったはずなのに、答えるように結ばれた小指を少し揺らされて、それからご機嫌な鼻歌が降ってくる。本当に穏やかな日だ。

20150306 桜なら俺でいいだろ的なやりとりを書きたかった。ちなみに朔良がやってたのはパズドラ
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