まっしろい我が家の天上を見上げながら両手をまっしろいシーツの上に投げ出して大の字に広げた…いところだったけど、そんなに大きなベッドでもないので少ししぼんだ大の字を象った。そのまま思いきり息を吸い込んで身体中のすべての二酸化炭素を吐き出さんばかりの勢いで思いきり吐くと、けだるい身体がずうんとベッドに沈む感じがする。布団は最高だ。このままずっと布団に沈み込んでしまいたいとさえ思う。ところで掛け布団はどこにいったのか。
 いまは何時なんだろう。空気の冷たさからしてまだ日は登ってないんだろうなあ。相変わらずぼうっと天井を見つめながら、そういえば今日はなんとか流星群が見えるらしいって今朝のニュースで見たのを思い出した。今頃、このコンクリートと鉄筋の向こうの夜空で星が燃え尽きてるんだろうか。

 そんな星降る今日、大会前で練習やらトレーニングやらで忙しくしていた彼氏が久しぶりにちいさな我が家へやってきた。自己ベストタイム更新しちまったぜ、なんていう土産話と満足そうな笑顔を携えて。
 私たちは若い。することがそれしかないわけではないが、それをしない理由もない。座ってていいと言ってるのに手伝うと言って聞かない夏也と並んで狭い台所に立ち、どうでもいい話をしながらごはんをたべて、夏也が持ってきた映画を肩をくっつけながら見て、目と目が合ったからそのまま抱き合って、玄関ぶりのキスをした。もうそこからはあれよあれよとあれよだ。
 それがいつ始まっていつ終わり、そしていつ眠ってしまったのかも定かでないけど、確かなことは目が覚めたいま、しんとしたこの部屋にはどうやら私ひとりだけしかいないということだった。帰るって言ってたっけ、と思い返しながらひとつまばたきをして、すぐにいや、と打ち消した。思うにトイレか、ベランダでビールでも飲んでるか(さみぃとぼやきながら縮こまって帰ってくるくせになぜかよくそれをする)、もしくは外でも走ってるか?

 どれかなあ、って考えと同時に掛け布団どこかなあという思いが交錯していたころ、うちの玄関に取り付けてある鈴の音がちゃりんと鳴った。あ、外で走ってきたが正解かなと思いながら視線だけを廊下の方に向けていると私のマフラーを首に巻きつけた夏也がお、と口と目を丸くした。冷たい空気と外の匂いが鼻を掠める。

「なに、俺そこに飛び込んでいいのか?」
「そんなことされたら私の中身でちゃう…」
「そりゃまずいな」

 私のマフラーと自分のパーカーをソファにかけた夏也は「ていうかさっきまでミノムシみたいに布団にくるまってたはずなんだけどな」と笑いながら床に落ちていたらしい掛け布団を拾って完全に脱力してる私の上にぱさっと被せた。それから自分も隣に寝転ぼうとしたけど、なにせ私は大の字(しぼんではいるけど)だったわけだから、通常の成人男性よりがたいのいい男にはスペースが足りなさすぎたらしい。「なまえちゃんもうちょいそっち寄ってな〜」と転がされた。掛け布団が体に巻きついて、私はまたミノを手に入れた。

「あ、おい。そっち向くなって」
「夏也が転がしたんじゃんか」
「だって俺の寝転ぶスペースなかったんだから仕方ないだろ」

 ほれ、寝返りしてみ、と促されるまま仕方なくごろんと向きを変える。寝転がった夏也の腕の下敷きになっていたせいで掛け布団はそのままに、私だけ方向が変わる形になった。私はいまだミノの中にいる。

「はい、よくできました」

 向きを変えた目の前には肩肘をついて私を見つめる男・桐嶋夏也。空いてる手で私の前髪を撫でながら「体、辛くないか?」と尋ねる男・桐島夏也。大丈夫だと伝えれば、よかったと安心したように笑って、よけた前髪の間から覗いたおでこに唇をくっつける男・桐嶋夏也。布団もといミノに包まれた身体が違った意味で温度をあげていく女・私!慌てて話題を変えていく女・私!

「っきょ、今日、なんたら流星群なんだって、知ってた?」
「おう。まさに今さっきそれを見に行ってた」
「ええ、ひとりだけぇ?」
「だってお前、ぐっすり寝てたしさ」

 一応声はかけてくれたらしいけど、ぐうぐう寝てる私は何を聞いても「うん」としか言わなかったらしい。一緒に行くか?うん。本当か?うん。眠いだろ?うん。もうちょい寝とくか?うん。じゃあ行ってくるな、鍵借りるぞ。うん。俺のこと好き?うん。悪質だ。悪質極まりない。
 まあ曇ってて見えなかったんだけどな、とぼやく夏也はガン無視して、背を向けるべく寝返りをしようとすると慌てて平謝りしながら、向きを変えさせまいと抱きかかえてきた。抵抗しようとするもののミノの中に腕がすっぽり収まっちゃっててうまく抵抗できない。しまった!と思う頃にはミノごとすっかり夏也に抱き込まれてて、観念するしかない。どちらかというと諦めは早い方だ。そんな私を引き続き宥めるように頭を撫でる男は、思い出したようにあ、と静かな部屋に一文字溢した。

「なあ」
「うん?」
「明日さ、ニトリ行こうぜ」
「ニトリ?いいけど、なんで?」
「ベッド変える」
「え、ベッドってこれ?」
「そ。コレ」

 夏也が指差すこれは、私が一人暮らしを始めるのと同じ時期に、彼女と同棲を始めるにあたり家具を新調するからと従兄弟から貰ったお下がりのベッドだった。たしかに譲り受けたときからそこそこ年季は入っていたみたいだけど、別にどこか壊れているわけでもないし、正直そんなにモノにこだわりがある人間でもなければどんな場所でもぐっすり眠れる図太い神経を兼ね備えてるのでそんな考え浮かびもしなかった。それに何と言ってもそんなにお金に余裕があるわけでもなかったから、タダで家具が手に入るなんてめちゃくちゃありがたい話だったんだけど、どうやら我が彼氏はこのベッドに不満があるらしい。

「スプリングうるさすぎて邪魔なんだよな、これ」
「うん?」
「いやだから、動く度に鳴るからお前の声ききにく、」
「あ〜〜あ〜〜あ〜〜!!」
「うおっ!急に大声出すなって!」
「ほら私の声聞けたじゃんもう黙って!」
「まあそうだけどさ、でも俺が聞きたいのはその美声じゃないわけだ」

 なんつーの?嬌声?と悪びれもなく首を傾げた夏也の胸元にゴンっと頭突きをお見舞いした。ウッと唸る声が夏也の体を伝って私に響く。フン!痛いだろうな!私も痛いわ!

「いってえな!」
「変なこと言う夏也が悪いんじゃん!」
「いやだってよ、まじでうるさいんだっつの!」

 起き上がってミノムシの私に馬乗りになるとほら!なんて言いながらソレっぽくベッドを揺らしてくる。ギシ、ミシ、キィ、キュッ…と体の下から聞こえてくる音は、まあ、言われてみれば。

「た、たしかに、ちょっと…うるさいかも…?」
「な?お前はそれどころじゃないだろうから気付かなかったんだろうけどさ」
「んだと」
「ちがうのかよ」
「…そうだよ」
「お、素直じゃん」

 にやりと意地悪く笑った顔は調子に乗った証だ。私の頭の横についていた腕を折って肘で体を支えると、目前にある私の口にそのままキスをしてくる。クソクソ!なんだか悔しいのでいっそのことこの悪ふざけに乗じてやろうとまだ腰を振るフリをしている夏也のテンポにあわせてそれっぽい声をあげてみる。

「っなぁ、いくよな?ん?」
「ぁっ、や、だ、あっいく、いくから、ぁ!」
「ああ、一緒に、いこう、ぜっ!」
「ニトリに!」
「よし!決まりだな!」
「うわぁ………」

 自分からノってみたものの、あまりにくだらなすぎる茶番の一幕にだいぶ恥ずかしくなってるというのに、私に乗っかる男は「お前ならノってくれると思ってた」と心底楽しそうに満面の笑みと手のひらを向けて私を待ち構えてるので、しぶしぶ、ミノからなんとか腕を引き抜いてぺしっと自分の手のひらをそこにぶつけた。

「それにしてもベッドかあ…夏也は郁弥くんと二段ベットとかしてた?私あれ憧れてたんだよね」
「ん〜小さい頃に少しだけな」
「いいなあ、私も兄弟ほしかったなあ」

 私の上から退いて「さみい」とミノの中に潜り込んできた夏也は、またベッドに肩肘をついた。そのとき、ギシ、と今まで気にしていなかったベッドの声を確かに私も聞いた。言われると気になるな。

「おーおー、一人っ子さまがなにやら言っておられるな」
「でたそれ」

 小さいときから一人っ子だというといいなあだのなんだのと兄弟持ちに羨ましがられたもんだけど、それがなんだと言うのか。一人っ子の私からすれば兄弟がいる方が羨ましいように思える。それにいい大人になった今、両親以外の家族がいるってのはそれだけで心強いような気がする。まあ、各ご家庭それぞれ事情はあるでしょうけど、私としては羨ましいと思うのが本当のところである。結局のところ、ないものねだりなのだ。私たち人間というものは。

「でも夏也、一人っ子がよかったなんて思ったことないでしょ」
「おう、ねえな」
「ほらあ〜。いいなあ、かわいい弟」
「かっこいい彼氏がいるんだからいいじゃねえか」
「私も郁弥くん弟にほしい」
「おい無視すんな。それに郁弥はやらん」
「けち」

 郁弥くん。夏也と違って少し内向的な感じで、可愛くて、すごくいい子だった。まだ数えるほどしか会ったことはないけど、夏也に対して密かに、でも確かな尊敬と愛情が見てとれて夏也のこと好きなんだなあ、きっといいお兄ちゃんだったんだろうなあなんて、ほっこりしてしまったのを覚えてる。それに最後に会ったときなんて、「バカ兄貴のこと、よろしくお願いします」って言われたし。かわいい。私の弟だったらよかったのに。

「いや…でも待てよ」
「…なんかやな予感する」
「やな予感てなんだよ」
「こういうときの夏也はろくでもないこと考えてる時のが多いじゃん」
「失礼だな、郁弥がお前の弟になれる可能性を見つけたってのによ」
「は?どうい、」

 う、意味。と続けようとして、すぐにピンとくる。私も、そこまで鈍くないし、子どもでもない。ただ、そんなこと、今まで思いつきもしなかったけど。
 だって、弟って、それ、いやまあそうだけど、間違っちゃいないけどさあ。あ、お、ま、あ、う、ほ〜…ん〜…。動揺のあまり意味をなさない言葉たちを口からポロポロ溢す様をけらけらと笑いながら、夏也は「な?名案だろ?」と顔を寄せてくるのでしっかりと手のひらで受けとめて丁重に押し返した。

「うわうわうわ、うわ〜…」
「ンだよその反応」
「いや…怖い男だなって…」
「おいおい、どこが怖いんだよ。俺なんて優しさのかたまりだろ」

 ハイハ〜イと適当な返事をする頃には、すっかりぽかぽかしてきた体温につられて、いずこへ逃げ出していた眠気が私の元へと至る帰路に着き始めていた。あしらわれた仕返しにと冷たくなった私の鼻をぎゅっと摘んでいた夏也も、私の反応が鈍くなってきたのを見て察してくれたらしく、そろそろ寝るか、とそうするのが当たり前のように片腕を私の方へ伸ばしてくる。これぞ、私だけの枕(だいぶ硬め)である。ありがと、とそこに頭を乗せると抱き枕よろしくぎゅうぎゅうと抱きしめられた。人よりも体温が高いと自称するだけあって、あっという間に夏也の体温がふれあうところから伝わってくる。は〜あったかあい、なんて思いながら目の前にある首元におでこを寄せると擽ったそうに喉を鳴らしていた。

「なあ」
「んん〜…?」
「今日は流れ星見えなかったけどさ」
「うん…」
「今度チャンスがあったら『なまえに可愛い弟ができますように』って願うことにするよ」
「…わたしは、今すぐ静かに寝てくださいってぜんりょくでおねがいする」
「ふはっ!わぁったよ、シューティングスター夏也がその願い聞き届けてしんぜよう」
「しゅーてぃんぐすたーなつや…」

 突っ込む元気は残ってなくて、ゆっくり瞼を下ろしながらただその名を繰り返すことしかできなかった。なんだよシューティングスター夏也って。売れない芸人みたいな。眠気に襲われながらもなんともいえない面白さがじわじわと滲んでいくように私の口角が少しだけもちあがったのとほぼ同時、そこに少しカサついたものが掠めた。くちびるかなあ。

「おやすみ、なまえ」

 愛してる、と体の奥が痺れるような甘い声のあとに続けて頭のてっぺんのあたりからちゅ、と小さなリップ音が聞こえた。眠気に負けかけていた意識も夏也のせいで生じた妙な疼きによってだんだんと靄が晴れるようにクリアになっていく。どくどくと夏也にも聞こえてしまうんじゃないかとばかりに大きく高鳴る心臓をそのままに、どうしてすやりと眠ることができようか。私には出来そうにない。

「……」

 最後、ベッド変える前に、記念に、その、もういっかい。実際どれくらいうるさかったとか、あんまわかってなかったし、引退前、従兄弟のベッドのラストランならぬラストセックス、な、なんて、どうかな!?
 ムードもヘッタクレもない誘いを持ちかけようと意を決して、そおっと瞼を持ち上げる。お願い、シューティングスター夏也!どうか私を熱い視線で見つめてててくれ!なだれこもう!

「…っふが…んがぅ…」
「………」

 ………ああ、知ってた。知ってたとも。夏也の寝付きのよさときたら流れ星が落ちるのと同じくらいはやいことくらい!
 勝手に刺激を受けて勝手に熱を持って勝手に玉砕した私のなんと愚かで恥ずかしいことか。おとなしく、閉店ガラガラ、まぶたをおろして憎くて愛しい男の筋肉で覆われた硬い胸元に収まるように頭を寄せると、ンギッと私を笑うかのようにスプリングが鳴いた。うっさいわ、くそ。

20190223 / ミーティア
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