※よくわからない話(現パロ)

「なまえちゃん!聞いて!自転車もらってきたんだ!今度はママチャリじゃないよ!」

 玄関のほうが騒がしくなったかと思えば、弾んだ声とともに『伊達男』とかかれたTシャツの袖をまくった光忠さんが部屋に飛び込んできた。ちなみにその伊達男Tシャツはわたしが友達と旅行に行った時のお土産だ。僕を置いて行くなんてひどいよ、と口をとんがらせていた彼をさっきまでの拗ねモードが嘘だったかのように目を輝かせて喜ばせた逸品だ。光忠さんはものすごく伊達政宗のファンなのである。語り出したら、そらもう止まらない。

「自転車?なんでまた」
「ええ!ひどいなあ、忘れちゃったの?2人乗りしたいって僕言ったでしょ!」
「あ〜…」

 そう言えばそんなことを言ってたかもしれない。リズムに合わせて軽快にスマホの画面を叩いていた手をとめて、ぼんやりと光忠さんが小さな願望を話していたことを思いだした。
 わたしを自転車の荷台に乗せて走りたい、所謂2人乗りがしたいと。要はわたしと青春っぽいことがしたいと(お互い青春なんて呼べる時間はとっくに終わってしまっている)、しみじみと言っていたっけか。だけど残念なことにわたしはもっぱら車移動だから自転車は持っていないし、光忠さんは機能性がよく且つ丁度勤め先のご婦人から譲り受けたママチャリが愛車だったもので、わたしたちにはチャリに二人乗りという機会に恵まれていなかったんだけど。

「(そうまでして2人乗りしたかったとは…)」
「さ、ほら行くよ!」
「え、いまから?」
「そうだよ!すぐだよ!」
「え〜暑いのに…」
「ちょっとだけだよ、ね?今日は風もあるし割と涼しいしさ!」
「うんん…」
「お願い、なまえちゃん。帰りにアイス買ってあげるから、ね?」
「…い、いきます」
「そうこなくっちゃ!ほら、じゃあはやく着替えておいで!ああ、そのまんまの恰好でもいいけど、ちゃんと虫よけスプレーしないと大変なことになるからね!」

 すごいはしゃぎようだ。普段は年上の頼りがいのあるお兄さんだけど、たまにこういうお茶目で可愛い一面がある。畑(近所の方にご厚意でお借りしている)で丹精こめて育てていた野菜が見た目・味ともに花丸だったりすると、そりゃもうずうっとご機嫌だ。そのときの光忠さんは見ているだけで癒される。そんなところも好き。そう素直に口に出せたら、わたしはもうちょっと可愛い彼女だと思ってもらえるのかなあ。でも光忠さんかっこつけたがりだからなあ。

「あっ、こらちょっと!」
「え?」
「お、女の子なんだから男の人の前で着替えたらダメだよ!」

 いつものクセで特になにも考えず部屋着から外着(といってもTシャツだけど)に着替えようと裾に手をかけたわたしに、光忠さんは弾かれたようにそう言ったあと、くるりと背中を向けた。後ろ手で指をさして『ほら!今のうち!僕見てないからね!』なんて…もう裸だって見合った仲なのに。そう思いはしたけど、僅かに自分の顔が熱くなったのを感じた。ちゃんと女として、見てもらえてるってことだろう。そう都合よく解釈して急いで外着に着替えた。

 じゃーん!と手を広げて嬉しそうにわたしに紹介したのはボティがピンク色の自転車だった。ピンクという点がやはり本人にも引っかかるポイントだったらしいけれど、『あんまりかっこよくはないけど、贅沢は言ってられないからね』と言っていた。わたし的にはピンクの自転車に乗る光忠さんが見れてちょっと嬉しかったりする。光忠さんにピンクって組み合わせってなんかレアだもん。普段なら似合わないからって身に着けなさそうだし。ちょっとにやりとしたわたしに光忠さんが気付かなかったのは、もうサドルに跨ってこちらに背を向けていたからだ。続いて荷台に跨ればピンク色の光忠号の出発である。

「どこいくの?」
「うん。ちょっと、いい場所を教わってね」
「いい場所?」
「そう。着いてからのお楽しみだよ。僕の腰に掴まって、いい子にしてて」

 連日の茹だる暑さは今日も健在だ。でも光忠さんが言うように、確かに今日はいつもより風があるから過ごしやすいかも。とはいえ、まあ、暑いことには変わりはない。だから本当は光忠さんの腰に抱き着いていたいところだけど、なかなかこの気温でくっつくのはどうもなあ…なんて尻込みをしていると少し車体が揺れたので、慌てて目の前の身体にしがみついた。吃驚した。握りしめた光忠さんのシャツは汗でじっとりと湿っていて、やっぱりくっつくのは彼にとってもわたしにとってもやめたほうがいいだろうと手を離した。そうするとまた車体が揺れる、手を伸ばす。これを何度か繰り返してわたしは気付いた。わたしが光忠さんから手を離すと不自然に車体が揺れることを。そして悟る。この人は、こんな暑さでもわたしにくっついていろと言っているのだと。

「…安全運転をお願いしたいんですけど」
「勿論だよ」
「う、うん…」

 嘘つけ。全然安全運転じゃない。更に光忠さんは控えめにTシャツをつまんでいたわたしの手をとって自分の腰に廻させるようにしたから、もう知らない。思いっきり、苦しいって言われるくらいぎゅうっと腰に廻した手に力を込めて、ほっぺたを汗ばんだシャツに押し付けた。わたしの思惑通り『苦しいよ』と言って笑う光忠さんはなんだかとても楽しそうだ。わたしも、まあ、うん。光忠さんと一緒にいてつまらないなんてことはない。ぬるうい風が、冷やかすようにわたしの顔をゆるうく撫でていった。

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「わ、蛍だ!」
「すごい、思ったよりいるね」

 数十分かけて光忠さんがわたしに見せたかったのはいくつもの点滅する小さな光、蛍のいる小川だった。確かに田舎と呼んでもいいところに住んでいるとは思っていたけれど、まさか蛍を見れる場所があるなんて思わなかった。すごおい。そんな小さなわたしの呟きは変な声で鳴くカエルたちの合唱に掻き消された。ぼんやりとしながらふわふわと飛んでいる淡い光を見つめているとそっと肩を抱かれる。顔をあげれば光忠さんも蛍を見ながら惚けたような表情をしていた。

「知ってたの?ここに蛍がいること」
「ああ、常連さんに教えてもらったんだ。恋人がいるなら連れてってあげなさいって」
「ふうん」

 こいびと。付き合ったばかりでもないのに、いまだに光忠さんの彼女だと自覚すると顔が熱くなってしまう。今は、暗いからきっと少しだけ赤くなってしまっているわたしの顔は見えないだろうけど。だけど嬉しくって、少しだけ体を光忠さんに寄せた。彼もなにも言わずに肩を抱く力を少しだけ強めた。水の流れる音とカエルの声と、風が草木を揺らす音、それからわたしの心臓の音。ここだけ時が止まったみたいだった。

「みんな、元気かなあ」

 小さな彼の呟きは、わたしの耳に確かにはいってきたけど、わたしは黙って前を見つめていた。たまに光忠さんは昔のことをぽつりと呟くときがある。それもすごく遠い昔のことのように。そのことを聞こうとするとなんとなくはぐらかされてしまうのからきっと聞かれたくないことなのだろうと今はもう詮索するのはやめたけれど、そうやって昔のことを口にするときの彼は愛おしそうに懐かしそうにそれでいて酷く寂しそうに、言うから、少し心配になる。急に遠くにいる気がしてしまって、わたしはいつも慌てて彼の手を掴んでしまう。きっとそう思っているのはわたしだけでなくて、彼もなんだと思う。わたしの指にしっかりと自分のを絡ませてくるから。はぐれないように、離れないように。繋ぎとめておくように。

「なまえちゃんは、蛍好き?」
「うん、多分好き」
「多分なんだ」
「あんまり好きとか嫌いとかって意識したことなかったからね」
「うーん、まあそうだね」
「でもなんか、蛍見てるとすごい懐かしいって思うんだよね。まだ2回くらいしか見たことないのに」
「そう、なんだ」
「うん。だから、多分すき」
「そっか」

 僕も、好きだよ。
 そう言って光忠さんはしゃがみこむと人差し指を立てた。同じように隣にしゃがみこんでそれを見ているとどこからともなくやってきた蛍が淡い光を灯しながらその指先に着地する。

「僕の…昔の友人にね、すごく蛍に好かれている子がいてね」
「蛍に好かれてる?」
「そう。彼が近づくとね、蛍が一斉に彼に集まってくるんだ」
「そ、それはものすごく好かれてるんだね…」
「そうなんだ。僕たちもすごく驚いたよ」

 穏やかな時間だったなあ、あのときは。
 …まただ。また、光忠さんを遠くに感じてしまった。どこにもいかないで。そう思って、わたしは指先で休んでいた蛍などお構いなしに、慌てて彼の手を握っていた。瞬間、彼のごつごつとした男らしい手になぜだか皮布のような手触りを感じた気が、して驚きに少し目を見開く。気のせいだ。気のせいなんだけど、不思議なことにわたしはその感触を心の底から懐かしく、愛おしく感じ、いつの間にか目の縁に溜まっていた涙が零れないように堪えていた。

「なまえちゃん?」
「…わたしたちは、前世も恋人だったのかもしれないね」
「え?」

 不思議とそんな言葉が、ほぼ無意識のうちにわたしの口を衝いて出ていた。すぐに自分で自分の発言に驚き、恥ずかしさのあまり『な、なんちゃって』とくっさい台詞を誤魔化してみようとしたけれど、静かな夜に響いたのはからかう声でも笑う声でもなく、光忠さんの息をのむ音だった。や、やばい。引かれちゃったかな。

「…なまえちゃん」
「えっあ、は、はい…」
「なまえちゃん、僕ね、…ずっとずっと君のことが好きだったんだよ」
「そ、そうなの、ありがと恥ずかしい」
「恥ずかしがることないよ。本当に好きなんだから」
「あの…ありがとう」

 それしか言えずに俯くとこつん、と光忠さんの頭がわたしの頭に寄せられた。しゃがみこんで、手を握り合って、頭を寄せて。きっと蛍たちはわたしたちのことをなんなんだあの人間たちはと呆れているに違いない。ほんと、なにしてるんだろう。小さく笑いながら、こっそりわたしも好き、と呟いた。だけどどうやらその声は彼には聞こえなかったようで、ほっとするやらちょっと残念に思うやら。

「ねえ」
「なあに?」
「今回は僕のしたいことに付き合ってもらったから、今度はなまえちゃんの番だよ。なにかしたいことはある?」
「うーんしたいことかあ……あ、花火、したいなあ」
「うん、じゃあ今度しよう」
「あとお祭りも行きたい。金魚掬ってほしい」
「うん、いいよ。僕、金魚すくいってやったことないけど、なまえちゃんのためにいっぱいすくってあげるからね」
「それから、スイカ割りもしてみたいな」
「スイカ割りか、いいね」
「あー…でも、2人じゃつまんないか」
「そんなことないよ。僕は君とすることなら、なんだって楽しいからね」

 なまえちゃんとの時間全てが僕にとって宝物なんだ…って、ちょっとくさいかな?
 光忠さんは照れたようにそう言って、恐らくわたしに顔を見られないようにすっくと立ち上がった。差し出された手をとってわたしも立ちあがれば、よくできましたと言わんばかりに旋毛にキスをひとつ。光忠さんは普段から結構に旋毛にキスしてくるけれど、好きなんだろうか。

「僕らの夏は始まったばかりだよ」
「なにそれ、なんかの映画のキャッチコピーみたい」
「そうだね。…でもきっと、僕らの物語は映画よりももっとずっと壮大だよ」
「ええ、そうかなあ」
「そうだよ。だって僕らは前世でも恋人だったんだから」

 今更さっきのわたしの言葉をからかわれて、再び恥ずかしくなった。ひどい!と軽くグーパンチを食らわせてみるけど、鍛えられた体はわたしの拳を意図も簡単に跳ね返した。うう、わかっていたけどなんだか悔しい。光忠さんはそんなわたしを見て楽しそうに笑っていたけれど、暫くしてわたしのそっと腰を引き寄せ、腕の中に収めてきた。触れ合う肌は熱いし汗で少しべたついていたけど、不思議と離れたいとは思わなかった。寧ろずっとこうしてたいだなんて思ってしまう。暑さで頭がやられてるのかな。そんなことを考えながら光忠さんの胸に頭を預けていると名前を呼ばれ、素直に顔をあげれば汗で張り付いた前髪を手でよけられたあとおでこにやわらかいものがあたった。…汗かいてるんだから、やめてほしいのに。

「ふふ、可愛いね」
「カワイクナイデス」
「…好きだよ、なまえちゃん」
「うん…わ、たしも」
「あの時できなかったこと、たくさんしよう」
「…あのとき、」

 ってどのとき?と開きそうになった口を塞いだのは光忠さんの唇だった。これ以上は聞いちゃいけない、聞かないでほしいと言われている気がした。一瞬唇が離れて、鼻先がぶつかりあう距離で光忠さんの鋭く、それでいてとびきり優しい色に揺れている瞳に見つめられる。あんまりにも綺麗なその黄金の奥に見えた景色を、わたしは知っていた。蛍が飛び交う大きな池、真っ暗な夜空に煌めく星々、誰かの笑い声。直感でこれはいまのわたしが知っている景色じゃないのだと思った。だけどそれ以上はなにもわからない。理由も、なにもかもわからないまま、ただただ涙が溢れてきて、息が止まってしまいそうになる。
 やっぱりわたしは光忠さんと前世でも会っていたんだ。恋人だったかはわからないけど、きっとわたしはこの人をずうっと前から知っているんだ。流れる涙を光忠さんの指が拭っていく。ごめんね、大丈夫だよ。僕がいるよ、絶対に君を守るからね。酷く優しい声色でそう囁かれ、もう一度口付けを交わした。わたしは、誰かもわからない『みんな』の幸せをただひたすらに祈っていた。


20150809
転生したあとのはなし。仲間たちのことを思い出して欲しい反面、平和な世界で漸く巡り会えたのだから平和なまま生きて欲しい。だけどかつての盟友たちが忘れられたまま自分だけがこんなに幸せでいいんやろか〜!みたいなことを考えてる燭台切を書きたかった気がする
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