ぱちん、ぱちん、と皮膚が角質化したそれを切っているとソファでごろごろと寝転がっていた徹がわたしをじっとりした目で見ながら『夜に爪切っちゃいけないんだよ〜』と嗜めてきた。自分だって夜によく口笛吹くじゃんと言い返せばそれはいいのだと言う。蛇が来るだけだからね、と。

「親の死に目にあえなくなっちゃうんだから!蛇が来るよりよっぽどまずいでしょ」
「まあ、そうだけど」

 あ、そう言えば、この前こんな話を聞いた。

「この前教授が話してたんだけど、親の死に目にあえないって言われてるのはね、その人が親より先に死んじゃうからなんだって」
「えっ」
「夜の爪と書いて夜爪、これが早死にするって意味の世詰めと語呂が一緒だからって説があるらしいのね」
「じゃあますますまずいじゃん!俺、なまえに死んでほしくないんだけど!」
「でもしょうがないじゃん、爪割れちゃったんだもん。ついでに伸びてたし」
「あーしーたーにーしーてー!」

 ソファから転がり落ちるようにして床に座るわたしの元にやってきた徹は、わたしの首っ玉にかじりついていやだいやだと子どものようにごねた。爪きりにくい!邪魔!重い!とあいてる足を使ってどうにかどかそうとたけど日々鍛え上げてる成人男性には全く効果なしだ。困ったもんだなあ、と思いつつ、爪を切るのはやめないけど。暫くやめろー!いますぐ爪切りをやめなさいー!と訴えていた徹だけど、わたしがそれに応じる気がないとわかるとぐりぐりと額をわたしの首筋のあたりに押し付けて諦めたように呻りだした。ちょいちょい小さく鼻を鳴らしてにおいを嗅いでること、ばればれだからな。

「ね〜なまえってば、俺はね、なまえとずうっと一緒にいたいの、わかる?よぼよぼになってもだよ!」
「うん」
「それでね、海が綺麗な島とかに移住してね、のんびり暮らすんだよ!野菜も自分たちで作って、あと柴犬も飼ってさ!」
「わたし猫派」
「わかった、じゃあ猫も飼お!野菜と柴犬と猫!それから俺となまえ!幸せに違いないんだよ!」
「うん」
「だからさあ、そのためにもさあ!いますぐ爪を切るのをやめて、早死にをやめて!俺といちゃいちゃしよ!ね?」
「あ、徹も爪伸びてるじゃん、切ってあげようか?」
「え、ほんとに?」

 徹の未来予想図を適当に聞き流しながら、彼の指を見つめた。さすがにバレーをやってるだけあってその爪は長すぎず短すぎず、綺麗に切りそろえられていたけど、試しにそんなことを提案してみれば、さっきまで爪を切るのをやめろと訴えていたことなど忘れたかのように少しだけ目を輝かせてわたしを見ていた。確認するようにもう一度、切ってほしいの?と問うと『うん…ちょっと、されたいかも…』なんて言っていじらしそうにしてみせた。なんなのその感じ、ちょ、ちょっとだけ気持ち悪い。

「じゃあはい、手だして」
「うん」

素直に、しかもちょっとだけ弾んだ返事をして手をだした徹の手をそっと掴んで、爪先の白い部分に、深爪をしないように調節しながら刃をあてる。そのままぱちん、と小気味いい音を立てて爪を削ると、その瞬間にちょっとだけ徹の体が跳ねたのをわたしは見逃さなかった。痛かったのかと思って慌てて尋ねると、そういうわけじゃないと彼は首を振った。

「なんか…人に爪切ってもらうのってちょっと緊張するね…」

 そういわれてみると、大きくなってから誰かに爪をきってもらうことってないかも。小さいときはお母さんが切ってくれてたけど。
 緊張する、と言った徹の顔をちらり窺うと、なんだかむずむずしているような、そわそわしてるようななんともいえない表情をしていて少しだけ笑いそうになって、すこしだけ可愛いかもと思ってしまった。
 そのままぱちん、ぱちんと10本の指全ての爪を切って…切るというよりは整える感じかも。終わらせると、徹は自分の手をじいっと見ながらぽつりと呟いた。

「…あのさ、俺、いいこと思いついちゃった」
「なに?」
「なまえが夜爪を切るときに、俺の爪も切ってくれたら、なまえと同じくらいに死ねるんじゃない?言いたいことわかる?」
「あーうん、なんとなくわかるけど、ばかじゃないの」
「ヒドッ!」

 名案だと思ったのに…と呟きながらそっと肩にもたれ掛かってくる徹の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 そもそも迷信だから。本気にしないでよ、もういい年でしょうに。それになんとなくだけど、わたしとか徹みたいな人間はなんだかんだいいながら長生きしちゃいそうな気がする。よぼよぼのジジババになるまで生きてるよ、多分ね。きっと徹はワックスの使いすぎで髪の毛なくなってるんだろうなあ。わたしはきっと顔中皺だらけでぞうきんみたいな顔になってるんだ。だけど柴犬と猫とどっかの島で、自前の野菜食べながら仲良く暮らしてるよ、きっとね。
 そんな、実にくだらないことを考えて妙に胸の奥のほうをあったかくさせていたというのに、隣の男が急に勢いよくくしゃみをしたもんだから爪を乗せていたティッシュが吹き飛んでいった。もちろん、わたしのほっこりしていた気持ちもだ。ふざけるな、くしゃみするときに手で押さえられない男なんぞと島に移住なんてしないからな。

20141204 構ってほしかっただけ。夜爪は諸説ありますね
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