蘭丸の隣に立って、賽銭箱の中に小銭をそっと投げ込む。蘭丸のあとに鈴をがらんがらんと鳴らして、ええっと、まず二礼。それからぱんぱん、と手を合わせる音が二つ響いて、わたしは目を閉じた。
 まずはお礼から。去年はお陰様でわたしも蘭丸も無事に過ごすことができました、ありがとうございました。そしてお願いするのは家族のこと、蘭丸のこと、最後にちょっとだけ自分のこと。いつもよりちょっと多めに頼みすぎちゃったかもしれない。欲張りだ、って神様に怒られるかも。いかんいかん、そろそろやめよう。最後にもう一度、蘭丸と健康に、いつまでも過ごせますようにとお願いしてから顔を上げて、一礼。ふと隣の蘭丸を見上げると、口元に笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

「随分長かったな」
「うん、いっぱい頼んじゃった」
「へえ。なに頼んだんだ」
「教えないよ。わたしと神様、2人だけのひみつ」
「妬けるな」
「またまたぁ」

 さっき手水舎で手を洗ったから冷えてしまった手を暖めるように両手をこすり合わせていると、ポケットに手を突っ込んでいた蘭丸の手がさっとわたしのを攫って、一緒にポケットに仕舞った。彼の手もわたしと同じように冷たかったけど、ポケットの中は蘭丸の体温で少しだけ暖かかったし、なにより、こんなことをしてもらえるだけでわたしは喜びに震えて自然と体温があがるというものだ。ふふ、と笑うと蘭丸はそっぽを向いてしまった。照れてるのかな。

「わたし、小さいときこの神社で七五三やったんだよ」
「へえ」
「化粧なんて慣れてなかったから、すぐ口ごしごししちゃって、口紅とれちゃうし手は汚れるしでお母さんが困ったんだって」
「ああ、容易に想像できるな」

 じゃりじゃりと音を立てて砂利道を歩きながら、昔の話をする。もう、うんと昔のこと。あのときのわたしはこの狛犬を下から見上げることしかできなくて、よくだっこしろと親に強請っていたけれど、いまじゃ真正面からその顔を見ることができるようになった。…まあ、これは身体的な成長の話なんだけど。

「でも七五三のときのことなんて殆ど覚えてないよね」
「覚えてねぇな。うまいもん食ったことは覚えてる」
「あーでも千歳飴バリバリ齧ってたの覚えてる!」
「…それ俺もやったな」

 やっぱりあの細長くて白い飴は子供にとっては魅力的だよね。二人で頷きながら歩いていると、小さな男の子が大喜びしてお母さんに飛びついている光景に遭遇した。どうやらおみくじで大吉を引いたらしい。おお、いいな。顔をあげて蘭丸を見上げると、わたしが口に出す前に『引くか』と言ってそちらに向かって歩き出す。以心伝心、て言ったらちょっと大袈裟だけど、言わなくてもわかってくれたことがちょっぴり嬉しい。

「恋みくじもあるよ」
「必要ねぇだろ」
「わたし引いてもいい?」
「バカ言え。お前もこっちだ」

 蘭丸はいつの間にか取り出していた100円玉を二枚投入するとわたしの手を乱暴に箱の中に突っ込んだ。自分の分は自分で払おうと思ってたのに。ちぇ、とちょっとだけ口を尖らせながら箱の中で少しだけ手を動かす。う〜んと…よし、これだ!紙を掴んですっと引き抜くと、間髪いれずに蘭丸も手を入れて、わたしのように迷ったりせずに速攻でおみくじを引いた。早すぎて驚いた。おみくじを引くのに迷いはいらねえ。直感で引くんだ。そんな声無き声が聞こえてくるようだった。これがロックだというのか。

「まだ開けないで…ってあ!もう開けてる!一緒に開けようよばか!」
「お前が遅いんだろ」
「んんっ!…ま、まあいいけど。どうだった?」
「…凶」
「うっそ!まじで言ってんの?」
「嘘吐いてどうすんだよ」
「そうだけど…まあ、まってなさいよ、蘭丸くん。わたしが蘭丸くんを救う救世主となってやろうぞ」

 なんだよ救世主って、とぼやく蘭丸の横でそっとおみくじをあけていく。わたしが中吉くらい引けば君の凶を緩和することができるかもしれないじゃない。気持ちの問題だって言われたら、それまでなんだけど。しかしまあうまく開けられない。結局ちょっと破けちゃったけど、まあいいや。ぺりぺり、ゆっくり畳まれていた紙を広げて、印刷されてる字を目でなぞっていく。

「…あ」
「あ?」
「だ、大吉だ!」
「まじかよ」
「嘘吐いてどうする!」
「そりゃそうだ」

 確かにそこには『大 吉』と書かれている。蘭丸はわたしの手元を覗き込んで小さく『まじじゃねーか…』と呟いた。別に大吉がでたからといって今年がいい年になると確約されたわけでもないけれど、でたらでたで嬉しいものだ。わたしがさっきの子どもと同じくらいの年だったら同じように喜んで飛び跳ねてたかもしれない。こうして大人になった今でもちょっとだけ跳ねたい気分になるんだから。

「よかったね蘭丸!」
「なにがだよ」
「蘭丸は凶で、わたしは大吉。ふたり合わせたら小吉くらいにはなるんじゃん?やったね!」
「そんな足し算引き算できるもんじゃねーだろ、こういうのは」
「細かいこと気にしないの!今年も大吉のわたしを大事にしてください。じゃないと恐ろしい1年になるかもよ!」
「そりゃ困るな」

 仕方ねーから、大事にしてやるよ。笑いながらぐしゃぐしゃとわたしの髪を撫でる蘭丸は、どうやら今年もわたしの傍にいてくれるらしい。本当に、そうなってくれるといいな。そう祈りながら笑ったら、だらしないを顔していると指摘された。これが大吉を引いた人間の笑顔だ、よく覚えておけ。
 あまりよくない結果がでたときは結びどころに結びつけるのが普通だと思っていたけれど、蘭丸は自分のおみくじを結び付けなかった。聞けば、自分の力で凶なんて跳ね除けてやるんだとか。わたしの大吉パワーを少し借りながらな、と。ああ、いくらでも貸してあげるとも。なんだったらわたしの大吉パワー、全部蘭丸にあげたっていいよ。


「あぢっ」
「ちゃんと冷ましてから飲め。お前熱いの苦手なんだからよ」
「ふぁい…」

 再び手を繋いで歩き出したわたしたちに声をかけてくれたのは、恐らくこの辺に住んでるのであろうおじいさんだった。ボランティアで参拝者に甘酒を配ったりお餅を売ったりしていて、寒いから甘酒でも飲んでお行き、と紙コップを二つ手渡してくれたのだ。甘酒なんてもう随分飲んでないなあと思いながら礼を述べて、口をつける。思ったより熱くってすこし舌の先がじんじんしているけれど、懐かしい甘みはわたしにほっとため息を吐かせるのには十分だった。

「久しぶりに飲んだよ、甘酒なんて」
「ああ、俺もだ」
「たまにはいいねえ」
「だな」

 他愛のない話をしながらちびちびと甘酒を啜っていたら、さきほど声をかけてくれたおじいさんがわたしたちを見て、『かわいいご夫婦じゃのぉ』と笑い皺がたくさんある顔を更に皺くちゃにして、笑っていた。おじいさんこそ、笑顔が素敵な可愛らしい人だと思う。いままでたくさん笑いながら過ごしてきたであろう人生の先輩にわたしたちはありがとうございます、となにかみながら少し頭を下げた。

「ご夫婦、だとよ」
「ね…どうしよ、照れる」
「まあ、あながち間違っちゃいねぇかもな」
「…甘酒で酔った?」
「酔うかバーカ」

 甘酒を飲み終わった頃には、さっきまで冷えていたわたしたちの手はもう随分あったまっていて、甘酒のお陰で体の中もぽかぽかしていた。寒いから、という手を繋ぐ口実はなくなってしまったわけだ。それでも、やっぱり手は繋ぎたい。どうしよう、自分から繋ごうかなあと迷いながら歩いていると、少し前にいた蘭丸が振り返ることなく黙ってこちらに左手を差し出してきた。ん、ん、とその手はわたしを招く。っこ、これは、これこそは、以心伝心かな!
 わたしは足早に彼の隣に並び、迷うことなくその手を握り返した。この温もりがあれば、きっと今年もいい1年になる。

20150107 おみくじうんぬんのあれこれは間違いだらけだと思いますが許してください
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