いつもなら2人並んで歩く帰り道を、今日はひとりで歩いていた。いや、正しく言えばひとりではないんだけど。いつも右側にいるそいつは、いまわたしの後を追うように歩いている。口を尖らせながら。

 今日1日中わたしはこの後ろをストーカーのようについてくる男を無視していた。別に喧嘩をしたわけでもなく、嫌いになったわけでもなく、ただわたしがひとりで拗ねているだけだ。もちろん、その理由は彼にあるんだけど。
…偶然、聞いてしまったのだ。小見ちゃんが友達と話している内容を。木葉と小見ちゃんたちが所属するバレー部がこの前行った合同合宿に綺麗なマネージャーさんがいて2人で声をかけようとしたことを、聞いてしまったのだ。どうやら未遂だったらしいけど、なんだか妙に寂しくって、悲しくって、勝手にいじけて、無視を決め込んだ。期間限定の無視だ。ちょっと拗ねているだけだから、少し放っておいてくれればあとは時間がわたしの逆立った心を静めてくれるに違いないし、木葉とも普段どおりに過ごせると思う、んだけど。今日に限って木葉はやたらとわたしに引っ付いてきた。
 いつもはそうしないのに、休み時間になる度にわたしの元に来たし、お昼だって普段はわたしが迎えに行くまで自分の席で居眠りしてるくせに、今日は迎えに来た。わたしはそれに寝たフリをしたり、用もないけど友達に話しかけたりして木葉とはあんまり接しないようにしたけど、結局彼はチャイムが鳴るまでわたしの席の近くに留まっていた。心が痛まないわけがない、ほんとうは来てくれて嬉しいし話したい、けど。
 …なんでわたしがちょっと距離をおきたいなって思ってるときに来るのだろう。なに?そういうのを察知するアンテナでも備わってるの?故に彼にはすぐにわたしの様子がおかしいことに気付かれてしまった。部活があるときは先に帰っていいという暗黙のルールも、今日は『一緒に帰るから悪いけど部活終わるまで待ってて』と言われたことにより無効になった。

 律儀に彼の部活が終わるまでおとなしく待っていたものの、部活終わりでまだ少し額に汗が浮かんでいる木葉が教室に顔を出した瞬間、わたしは弾かれたように席を立ってそこから早足で飛び出した。慌てたような木葉の声が聞こえてきたけど足をとめないわたしのあとを、それからずっと木葉がついてきている。お疲れさまくらい言えばよかったと後悔していないわけでもないけど、今更振り向くこともできなかった。
 わたしがいっくら少し息が切れるくらいの早歩きをして距離をとろうとしたって、あいつは意図も簡単に距離を詰めてくる。いまはその足の長さも、何度もわたしの名前を呼ぶ声も、ローファーがアスファルトを蹴る音にさえも、意味もなくいらいらしてしまう。
 恥ずかしい。その場を目撃したわけでもないし、手を繋いだわけでもキスをしたわけでもない。ただ女の人に声をかけようとしたくらいでこんなにも嫉妬して拗ねてる自分が恥ずかしい。見ないでほしい。ついてこないで、覗かないで。

「オイ」
「…」
「なあ、オイって」
「…いま話す気分じゃない」

 学校をでて駅に向かって、電車に乗って、わたしの地元の駅に着いたって木葉はまだわたしの後ろを着いてくる。自分の駅はここから4つ先のところなのに、わたしと同じ駅でわざわざ降りてなまえ、なまえ、と名前を呼び続ける。立派なストーカーだ。いっそのこと通報してやろうか。このまま交番へ向かおうか。

「なーどこ行くんだよ、お前んちそっちじゃねーだろ」
「…」
「なあなまえってば」
「…別にそんなのわたしの勝手でしょ」
「いやそりゃ、勝手だけどよぉ」
「…ぷ、プリン!買うの、コンビニで。だから木葉ははやく帰りなよ。明日も朝練はやいんでしょ、じゃあね」
「いや、俺も行く。ていうかお前送らないと帰れん」

 またお疲れさまを言い忘れた。木葉の優しい言葉に、ほんとに恥ずかしくって情けなくって泣きそうになる。勝手に嫉妬して、勝手に拗ねてガン無視してましたなんて、嫌われてもおかしくない。半ば絶望しながら本当は用もないコンビニに入り、好物なわけでもないけれどさっき買いに行くといってしまった手前、仕方なくプリンを手にとる。普段はあんまり食べないおっきめの、クリームたっぷりのやつ。その間もずっと木葉は黙ってわたしの後ろを着いてきて、レジにわたしがプリンを置いたと同時に『スンマセン、あとからあげ棒も』と言って千円札を取り出した。奢ってもらうつもりなんて毛頭ないので慌てて500円玉をだすもののそれは速攻で木葉に回収されて、手元の小銭入れにかえってきた。な、なにすんだコノヤロウ。キッと睨んでみても、木葉は完全にスルーでわたしの頭をぽんぽんと叩いて店員さんからプリンとからあげ棒のはいった袋を受け取ってありがとうゴザイマースと余所行きの笑顔を浮かべた。店員さんが可愛い女の子じゃなくて人のよさそうなおじさんでよかった、とほっとしてしまってる時点でもうわたしはだめだ。

 コンビニをでてからは、さっきまでずっとわたしの後ろを歩いていた木葉が今度は逆にわたしの前を、わたしの手をとって引っ張るようにずんずんと歩いていた。その足で向かった場所はわたしのうちでも、木葉の家に帰るための駅でもなく、わたしたちがよくだべるタコ公園だった。タコの形の大きな滑り台がある、ちょっと小さい寂れた公園。3ヶ月前にわたしが木葉に告白された場所でもある。
 公園に着くとぱっと手を離されたので、わたしは木葉を無視してひとりでスタスタとブランコに向かった。とっくに夕焼けのチャイムが鳴った公園にはもうちびっこたちの姿はなくて、わたしと木葉と、エサを求めてなにもない地面を啄ばむハトが2羽いるだけだった。

「そーれで?なまえちゃんはなにをそんなに怒ってるワケ」
「……怒ってない」
「いや怒ってんだろ」
「おこってない」
「じゃあなんで無視するの」
「…プリン食べるんだから、黙って」
「そーですか、へいへい」

 可愛くないことを言ってると、自分でも思う。木葉もきっと呆れてるに違いない。もう今更、なんでもないですそれより次の休みはいつなのデートしたいなテヘ!みたいな流れにもっていけるわけもないんだから、素直に自分の思ってることを話して、そっけなくしてごめんなさい、無視してごめんなさいって謝るべきなんだ。でもムリ。乙女心とはかくも難しきものなり。我ながらめんどくさい。
 すん、と鼻を鳴らしてから、ペリペリと蓋を剥がして白いクリームに覆われているプリンに容赦なく透明なスプーンを突き立てた。う、ウマ。メチャ甘だけどウマ!いつもなら木葉にもわけてあげるんだけど、いまはそれもわたしのくだらない意地が邪魔をする。散々無視しといてプリンはわけるって変だよなあ、どう考えても。
 木葉はブランコには乗らずに塗装がはげまくっている柵に腰掛けてからあげを齧っていた。からあげのにおいでも嗅ぎつけたんだろうか、ハトがおこぼれを求めてこちらに近づいてくる。共食いじゃないか、とぼんやり考えながらわたしたちは黙々と、咀嚼するために口を動かし続けた。

「…なー、なまえ」
「……なに」
「まじで、俺なにした?お前に無視されんの結構キツイんですけど」
「…」
「なあ、教えて。言ってくれねえとたぶん俺、わかんない」

 チラ、と盗み見た木葉はからあげを食べる手をとめて珍しく真剣な顔で、…自惚れでなければほんとうに辛そうな顔をして、わたしを見ていた。どくん、と心臓が跳ねた気がする。そんな顔をした木葉をわたしは見たことがなかった。ばかだ、わたしは。わたしもプリンを食べる手をとめてごくりと唾を飲んだ。嫌われたらどうしようとも考えたけど、木葉とこれからも付き合っていきたいならやっぱり言うべきだと思う。震える息を吐き出した。

「…け、今朝、小見ちゃんにきいたの」
「ア?なにをだよ」
「この前の合宿のとき、……その、ほ、他の学校のマネージャーに…声かけようとしてたって」
「あ?…あー…ああ…」
「…ほんとなんだ」
「まあただしくは声かけられてないんですケド」

 未遂だとしても、声をかけようとしたことは間違いではないらしい。小見ちゃんのウソだったらいいなあなんて、思ってなくもなかった。ありえないってわかってはいたけど。ハトがわたしのローファーを突いた。エサじゃないっての。

「あのーえっとーなんつーの、ホラ、芸能人がいたら声かけたくなるじゃん?そんな感じよ」
「…すごい美人さんだったんだね」
「まあ、美人だったな」
「…ど、どうせ美人じゃないもん」
「いやいや、お前はどっちかってーと可愛い系じゃん?」

 う、嬉しいと素直に思ってしまった自分がいやになった。もし、万が一そのマネージャーさんが木葉に惚れちゃったらどうするの。どれくらい美人なのかわたしは想像でしかわからないけれど、芸能人に例えられるくらいなんだからよっぽどなんだろう。そんなことになったらわたしに勝ち目なんてなくなっちゃうじゃんか。
 木葉はちゃらんぽらんに見えて意外とモテる。しかもバレーやってるときなんて(惚気のように聞こえてしまうだろうけど)ほんとうにかっこいいのだ。本人曰く、木兎や2年生のセッターの子がいいとこもってっちゃって自分はちっともモテないと言うけれど、わたしの周りの友達にも何人か木葉をかっこいい(ちゃらんぽらんだけど)と言ってる子がいるのも事実だ。もしその子達が木葉を好きになって彼女になりたいと思ったら、わたしは彼の隣に居続けることが出来るだろうか。
 わからない。自信がない。他の子よりも、自分を選んでもらえる自信が。

「ていうかそれが原因で俺のこと避けてたわけ」
「だ、だって…、ない、の」
「ん?」
「自信が!…ないの。こう、木葉の心をガッチリ鷲掴みできてる自信…的な」
「ええ?うっそ。俺こーんなになまえちゃんのこと好きなのに伝わってねーの?」
「い、いや伝わってないっていうか、好きでいてくれてるんだっていうのはわかるの。今日だって休み時間の度にわたしのところ来てくれて嬉しかったし、でもなんでひとりにしてほしいときに限ってくるの空気読めやばかっても思ったけど」
「ハハ…正直だこと」
「でも、…でも、もし可愛い子とかそのマネージャーさんみたいな綺麗な人が木葉のことすきって言ったら、わたしは太刀打ちできないなあって、…思った次第であります」
「なにそれ。やっぱり俺の気持ち伝わってないんじゃん」

 はああ、とわざとらしくおおきなため息を吐いた木葉はもたれていた柵から腰をあげて、ブランコに座るわたしの前に屈んだ。いつもは高いところから見下ろしてくる切れ長の目がわたしを下から見つめているその状況に耐えられなくて、手元のぐちゃぐちゃになったプリンを口に運んだ。うげ、甘すぎ。やっぱりこういうのは1口目、せいぜい3口目ぐらいまでしかおいしいと思えないよなあと生意気なことを考えながらそのゲロ甘いモノを喉奥に流し込んだ。

「おいし?」
「まあ、うん」
「わけて」

 あ、と口を開けた木葉はエサを待つ雛鳥みたいだ。ちょっと可愛いじゃないかコラ。スプーンで残り少ないプリンを掬って、彼の口の中に運んでやる。美味しそうに目を細めた木葉はありがとと言って笑う。その顔が可愛いっていうか、なんていうか、わたしが好きな顔で、やっぱりこのちゃらんぽらんが好きだなあって思ったし、わたしのことももっと好きになってくれればいいなとも。

「ん?なあに、そんな見つめちゃって。惚れ直した?」
「ずっと惚れてる」
「えっ」
「惚れてるから心配なんじゃん!ばか!」
「ばかってなんだ、ングッ!?」

 なんかわかんないけど、いらっとしたのでカップごと木葉の口にもってって残りのプリンを全部流し込んでやった。完全に逆ギレだ。理不尽な目にあわされてかわいそうな木葉は、驚きつつもプリンをこぼさないようにじっとしていた。いい子か。むふむふ言いながらそれを飲み込む木葉の喉仏の動きに釘付けになっていたのは秘密である。

「あ、甘ッ!もう飽きたんだけど!」
「わたしにも?」
「はあ!?なんでそーなるのよ、プリンの話でしょうが!」
「うん...しってる、ごめん」
「急にしゅんとしないでよ」

 そんなこと言いたかったんじゃないのにぽろっと口からでてしまった。ううん、なんかほんとに情けないっていうか恥ずかしいって言うかもうおうち帰りたいです。このままじゃ告白されたこの場所で別れ話されてもおかしくないぞ。あ〜やだやだ。木葉めっちゃ笑ってるし。なんで笑顔なの。こっちは泣きそうだってのに。

「なまえちゃんさあ、俺のこともっと信じてよ」
「信じてるもん」
「ウソ。信じれてないでしょ、信じてたらそんな泣きそうな顔しないはずだもん」

 してない。泣きそうな顔なんてしてない。あともんとか言うな、可愛いから。
 隠すように両手で顔を覆うと、『そりゃまあ、確かに美人マネさんに声かけようとしたけどさ〜あ?』と自嘲気味に笑いながらわたしの乗ってるブランコを少しだけ揺らしてきた。キィキィと遊具が鳴る。

「俺がいっちばーん好きで、一緒に居たくて、ぎゅ〜ってしたくて、キスしたくて、食べかけのからあげをわけてあげたいって思うのはお前だけなわけ。ハイ、口開けて」
「はい...」
「おいしい?」
「おいひいでふ...冷めてるけど」
「そういうこといわないの」

 木葉はもぐもぐと冷めたからあげを食べてるわたしを相変わらずにこにこ...いやニヤニヤ?しながら見上げている。なんでさっきから笑ってんのって聞いたら『なまえちゃんが俺のことで頭いっぱいになって落ち込んだり泣きそうになったりしてんのがめちゃくちゃ可愛いなって思って』サイテーだ。こいつひとがシリアスになってるってのになんてこと考えてやがる。むかつく。嫌いになってやる。

「木葉なんて嫌い」
「俺は好きだけど」
「めちゃくちゃきらい」
「俺はめちゃくちゃすき」
「セミよりきらい」
「お前それ世界で一番きらいって言ってたヤツじゃん」
「つまりそういうことだ!」

 ひっでーの。でもまあいいや。曲がりなりにもなまえのイチバンになれたんだし?
 調子に乗るなよ小僧。ワーストだぞワースト!英語わかるか?最下位やぞ!わかってんのか!けらけらと楽しそうに笑う木葉にいらっときて勢いをつけて思いっきり頭突きを食らそうとした。けれど、…さすが現役スポーツ選手といったところか。いとも簡単にヒョイっと避けられて…ってあっあっあっ!避けんな!大好きな彼女が受け止めろや!わたしは地面に頭突きをするつもりはなーい!
 ぎゃー!!と心の中で絶叫しながらとぎゅっと目を瞑ったけれど、わたしの額は地面とごっつんする気配はない。アレ?そっと目をあけると、木葉に米俵を担ぐように脇で抱えられていた。なまえ米、白くてツヤッツヤで絶品!どんなおかずにもあいます!てアホか。そもそも木葉のオカズになってるかすら危うのに…って、アホか。

「あっぶな。地面にちゅーするくらいだったら俺にしてよ」
「…ゼッタイしない」
「あ、そ?じゃあいいよ。俺がするから」

 はい、仲直りのちゅー。
 米俵スタイルからわたしを地面に降ろした木葉はきゅっとわたしの頭を抱き締めるようにしてキスをした。木葉からはなんとなくプリンの味がするし、わたしはきっとさっき食べたからあげの醤油の味がするんだろう。そういえばプリンに醤油をかけるとウニの味がすると聞いたことがある。じゃあいまのわたしたちのキスはウニ味なんだろうか。キモチワル。

141024 キモチワル
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