これのつづき?

 最近は雨が多くて本当に困る。一生懸命髪を巻いても会社に行くまでにはすっかり取れてしまうし、ジメジメするし、それに折角干していった洗濯物が、雨にやられてびしょ濡れのまま仕事から帰ったわたしを出迎えるなんてしばしばだ。かといって部屋干しすると臭うんじゃないかと心配になるものの、乾かさないわけにもいかない。くさくならないように扇風機と除湿機を使ってすぐ乾かくようにはしているけど、そこそこ稼動音がうるさいしおまけに電気代もかかるから、本当に梅雨は勘弁してほしい。雨が降ってきたときにすぐに取り込んでくれるような人がうちにいればいいのになあ、あわよくば家事その他もろもろしておいてくれる人。ハウスキーパーでも雇えたら苦労しないけど、そんなリッチなことできるはずもない。まあ?いま我が家のソファに寝っ転がって?携帯弄ってる人には?ハウスキーパーの1人や2人、いやもっとたくさん、雇えるんでしょうけどね?
 梅雨の陰鬱さも相俟って、なんとなくイラッとして、彼が悪い要素などもちろん一つもない超・理不尽な行為だとわかってはいながらも、洗濯バサミから外し終えたばかりのタオルを全部寝転がるそいつの顔の上に放り投げてやった。文句を垂れる声が小さなタオルの山の下から聞こえる。

「ちょっとちょっとなにしてくれてんの〜!前見えないんですけど〜!」
「ごめん、つい」
「ついででこんなことする〜?乗っけるならせめてもっと色気のあるものにしてよ」
「色気のあるもの?」
「え〜パンツとか」
「…わたしのパンツに色気感じたことあるの?」
「あ?あー…はは、なかったかも。めんごめんご〜」
「自分で言っておいてあれだけど、実際他人に言われるとむかつく!」
「ちょっ、横暴〜!」

 クワッとなまはげのように顔を顰めて(自分の顔は見えないからあくまでイメージで)、タオルの山から顔を覗かせていた依都の体を無理やりソファから転げ落としてやった。ラグの上にひっくり返った三十路手前の大男は『ひど〜いやさしくな〜い!』と恨めしそうにわたしを見上げてくるけれど、わたしはふいと顔を逸らして依都が座っていた場所に腰を下ろし、タオルを畳むことに集中する。

「ね〜聞いてる〜?」
「…」
「なまえちゃん」
「…」
「なまえちゃ〜ん?」
「…」
「ちょっと〜折角久しぶりに会えたのに無視って酷くない〜?依都さんこれでも毎日お仕事頑張ってるんですけど〜?優しくしてくれてもよくな〜い!」
「うん、知ってる。毎日お疲れさま」
「え、え〜…ちょっと、急に素直になんのやめてよ」

 依都が毎日頑張っているのは知ってる。依都といるときに仕事の話をすることはあまりないけど(依都が嫌がるから)、話を聞かなくたって、彼が頑張っているのはわかる。その点に関しては心から尊敬してるし、本当に労いたいと思ってる。膝の上で畳んでいたタオルから少し視線をあげて、胡座を掻いている依都の方を見やると、「あ〜…」と小さく唸りながら少しだけ照れた顔をしていた。お疲れさまって言っただけなのに、こういう案外チョロいところ、ちょっと可愛いんだよね。
 そんなわたしの好奇の眼差しに気付いたのか、はたまたわたしが少しだけ優しくなったこの機会を逃すまいとしたのか、依都は再びソファにあがるとそのままわたしの膝に頭をこてんと乗せてきた。お腹に顔を埋めてくるものだから、少しだけくすぐったくて、ちょっぴりそこがあったかい。

「…邪魔なんだけど」
「ん〜?いいじゃん、俺疲れてるし癒してよ」
「こんなんで癒されるの?」
「ん〜まあね〜。ほんとはえっちなのことがいいんだけど」
「あー…ごめん生理」
「え〜…それいまだけとめられない?」
「無茶言わないで」

 とても30近い人の発言とは思えない。はあ、と呆れながら溜息を吐いて依都の頭の上でタオルを畳んでいる間も彼はずうっとうんうん唸りながら、小さな声でわたしのお腹に向かってああだこうだなにかを呟いていた。よおく耳を澄ますとわたしが生理中なことに対する文句、及びそういった人体の機能への文句を、拗ねた子どもみたいにぶつぶつと言っているようだったけれど、あるときはっと気付いたように「いやでも待てよ、生理がちゃんときてるってことは〜…」なんて言っていて、ギョッとした。それから妙にウキウキした顔をわたしの方に向けて「う〜ん、今日は我慢するよ。俺えらいでしょ〜褒めて褒めて!」と少し弾んだ声色で言いいながら、お腹にぐりぐりと顔を押し付けてきた男の、考えてることを、わたしは、いま一瞬悟ってしまったような、そうでないような。…い、いや、まさか。考えすぎだよね、気のせいだ。お腹に話しかける行為に、変にドキドキしているなんてまさか。わたしは別に、そういう願望強くないはずだ。
 先の先、あるかもわからない未来のことを考え始めそうになる自分を抑えるように、慌てて他の話題を考える。

「…あ、ね、ねえ、あのシャツいつ返してくれんの?」
「ん〜?あのシャツ?」
「あのー…ほら、あれ、…あの日、着ていったやつだよ」
「あ〜あの猫のやつ?」
「そうそうそれ」
「え〜やだよ俺も気に入っちゃったもん、アレ」

 慌てて話題を絞り出したからといって、なにもわざわざあの日のことを話すことないのに!わたしのバカ!自分の失態を戒めながら、依都にあの日の話を蒸し返されないかと内心ヒヤヒヤしていたけれど、彼は別段気に留めていないようで、フンフフ〜ンとご機嫌そうに鼻歌を歌いながら再び携帯を弄っていた。こっそり、ほっと胸をなでおろす。
 あの日…依都との関係を終わらせようとメールをして、彼を高額のタクシー料金を払わせてまで呼び寄せてしまった、あの恥ずかしすぎて思い出したくもない、でもわたしたちにとってきっと一番大切な日。ぶっちゃけあのとき自分がなに言ったかとか全く覚えてないけど、恐らく依都にたくさん迷惑をかけて呆れられたであろうあの日のことを口にするのはなんとなく抵抗があるというか、気恥ずかしさがあるというか…あの日のことを話題に出されたらなんでもしますからそれだけはやめてください!なんて軽率に言ってしまいそうな気がするくらいの威力がある。所謂、弱みってやつだ。それなのにいま思いっきり自分から話題を振ってしまった。ほんとバカだ。

「でもわたしも気に入ってたもん」
「ええ〜」
「気に入ったなら依都も買えばいいじゃん、……どこで買ったか忘れたけど」
「ダメじゃんそれ」

 タオルを全部畳み終えたので依都の頭をどかして洗面所に置きに行く。後ろの方で『もっと優しくどかせよ〜!』なんて不満げな声を右から左に流しながら、わたしはうーん、と首を捻っていた。あのシャツほんとどこで買ったんだっけな、全ッ然思い出せない。うむうむと唸りながらリビングに戻ってくると、依都がほいっと1枚タオルを渡してきた。どうもわたしのお尻の下でぺちゃんこになっていたらしい。「お前のおしりに潰されて可哀想だったから俺が愛情こめて畳んでおいてあげたよ」なんて余計なこと言わなかったら、素直にお礼を言ったんだけど。お礼の代わりに依都の頭を軽く叩いた。(「優しくしろって〜!」)

「あーていうかさ、俺思ったんだけど〜」
「うんー?」
「一緒に住めばいいんじゃない?そうすれば俺もお前も着れるじゃん、あの猫ちゃん」
「一緒に住むって…そこまでしてあのシャツほしいの?」
「う〜んまあそれもあるけど、ぶっちゃけお前と一緒に住みたいのが本音?みたいな?」
「いやそんなにほしいならあげるよもうあれ…」
「…ん?あれ?いま俺の話聞いてた?」
「え?…シャツがほしいって話でしょ?」
「そのあと」
「……一緒に住みたい?」
「それそれ」
「一緒に住みたい」
「そう」
「わたしと?」
「なまえと?」
「依都が」
「俺が」
「一緒に住む」
「そう〜」
「………いやいやいや、そういうのいいから、」
「俺、結構本気なんだけど」
「えっ」

 再び洗面所から帰ってきたわたしはあまりの衝撃にソファのすぐ傍で硬直していた。だって、一緒に住むって、それって同棲ってこと?いや、いやいやいや、いやいや。心の準備っていうかいや、そりゃ依都と一緒にいられる時間が長くなるっていうか…わたしのところに、彼が帰ってくるようになるのかと考えるとそりゃもう嬉しいどころの騒ぎじゃないけれども、けれどもだね……ど…同棲。…いや、多分、いつもの依都ジョークだろう、これは。

「も、もう冗談でし、」
「冗談言ってる顔に見える?」
「え、あのえっと、………見えない、です…」

 固まるわたしの手を引いてそっとソファに座らせ、こちらをまっすぐに見つめる彼の表情は、確かに真剣そのものだった。普段ヘラッヘラしてる分、こうやって真面目な顔つきになるとその説得力が倍にもなるっていうか、ていうかこうして見ると本当に顔がかっこよくて、えっとその、…もうわたしは黙り込むしかない。依都は「あ〜ウチにくるのがイヤだったら俺がこっちにきてもいいよ。ちょっと狭いけど、嫌いじゃないしね〜」といつものゆるい表情で、割と失礼なことを言って笑ってた。狭くて悪かったな。

「依都んち広いけど、自分の家感がまるでないもん…」
「お前この前来たときメッチャはしゃいでたもんね〜ホテルみたい!って」
「あれははしゃぐでしょ」
「ん、まあ俺も最初はテンションあがったけどさ」

 で、どうする?俺んちにする?お前んちにする?
 そう尋ねながら先ほどと同じようにわたしの膝に頭を乗せて、今度はお腹ではなく真下からわたしをジッと見つめる態勢で寝転がった。な、なんでもう同棲する方向になってるんだ、わたしまだ、なにも言ってないのに。下を向けばニヤニヤした依都がいる。なるべくそちらを見ないように、わたしは真っ白な天井へ視線を向けてどうこの場を乗り切ろうかと考えようとするものの、こっちを向けと言わんばかりに髪の毛をくいくいと引っ張られて半ば強制的に俯く形になってしまった。依都と目が合う。射抜くような眼差しに、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。

「あ、顔真っ赤になった〜」
「う、うっさいな」
「ていうかさあ、あ〜…ん〜…いっちゃおっかな〜…」
「え、いい。いい!言わなくていい!」
「え〜なんで」
「とんでもないこと言いそうだから!」
「え〜?別にとんでもなくないよ。ただ結婚しようよって言おうとしただけからさ」
「え?ん?」
「ん〜?」
「け、こん?」
「そう、パパパパーンの結婚」
「けっこん」
「そ、ケッコン」

 「ちょっと〜さっきからオウム返しばっかなんだけど〜?」なんて言いながらわたしの髪を指に巻きつける依都は愉しそうにわたしを見上げている。そんな彼をぼんやりと見つめながらわたしはいま入ってきた情報を、いまにも思考することを止めてしまいそうな脳でなんとか処理しようとしていた。
 けっこん、ケッコン、血痕…いや、結婚だよね。結婚?誰と誰が?わたしと依都?いやいや、え?結婚?んん?

「ま、ままままて、まって、え?や、まって、なに?さっきからなに?やだ、からかわないでよ」
「こんな大事なこと、冗談で言うわけねーだろ」
「そ、そう、だけ、ど…」

 だってこんな、膝枕してわたしの髪引っ張りながら結婚しよっていうシチュエーションあるの?おなかすいた〜みたいなテンションで言われたじゃん。俄かに本気で言ってるとは信じられないじゃん。

「……」
「なまえ?」

 ……いや、嘘。わたし自身どこかでわかってるんだ。この人がそれを冗談で言ってるんじゃないってこと。ますます顔の熱があがっていって、心臓の音も、依都に聞こえちゃうんじゃないかってくらい、大きく鳴っている。片手で口をおさえてどうしたものかと視線を彷徨わせていると、依都は口元に浮かべていた笑みを消して起き上がり、わたしの前に正座をした。つられてわたしも正座をする。いい歳した大人2人がソファの上で正座してるなんて、異様な光景だろう。なんだこれ、口から心臓が飛びでそうだ。

「んーっと〜…」
「は、は、い…」
「…お前には、色々辛い目にあわせたと思う。あーっと、なんていうの、その〜俺意外と不器用?だったし、そのせいでお前のこと泣かせたし、前にも言ったかもしれないけど、俺じゃなくて、お前にもっとあうヤツがいるのかもしれないな〜って考えたこともあったんだけどさ」
「ん、」
「けどやっぱ、お前のこと誰よりも幸せに出来るのは俺だって自信あるし、俺のことを幸せに出来るのも、お前しかいないと思うワケよ」
「う、あ、」
「だから、………俺と、結婚してください」
「ん、ん、ん、」

 頷くことしかできなくて、まるで赤べこになった気分だった。(実際あんなゆるい動きじゃなくてヘドバンみたいに激しかったかもしれないけど)始めはちゃんと依都の顔を見てようと思っていたけど、そんなことできるはずもなくて、俯いて赤べこになっていたわたしの頭を依都は笑いながら撫でていた。わたしはひたすらに流れてくる涙と漏れる嗚咽を抑えることに必死だって言うのに、「で、 返事は?」なんてわかりきったことを聞いてくるものだから、タチが悪い。ずっと頷いてたしこんだけ泣いてんだからわかるでしょうが、と思いもするけど、仕方ない。言葉を発せない代わりに涙に濡れた自分の左薬指を、彼の左のそこに絡めて、ぎゅう、と力を込めた。わかって。いまのわたしには、これが精いっぱいの返事です。

「…はいはい、合格だよ」

 その言葉とともに強く腕を引かれて依都の胸とわたしの額がごつん、とぶつかる。痛い。痛いってことは夢じゃないってことだ。現実。依都にプロポーズされて、それを受け入れて、…こ、婚約だ。いま、多分、わたしたちは婚約したんだ、たぶん。
 体中の血が沸騰してるみたいに熱くなって、全身火照っている気がする。取り敢えず呼吸を落ち着けるためにゆっくり深呼吸しているとそれを促すように依都が背中を優しくぽんぽんと撫でてくれた。依都も、深く息を吐き出しながら。

「は〜キンチョーした〜」
「ん、ん…」
「あ〜?なに、まだ泣いてんの?ほんと泣き虫だねお前」
「…じぶ、だってちょっと、なみだめ、のくせに」
「え〜なにそれ…気のせいでしょ」
「、うそ」
「おわっ」

 さっき見えたもん、ちょっとだけ依都の目が潤んでたところ。どうしてか分からないけどなんでかそこだけやけにわたしの目にはクリアに映って見えたんだ。
 がしっと依都の顔を両手で挟んで逃げられないようにしてから、その眼を覗き込む。眼球が纏ってる水分量はいつも通りに戻っていたけれど、その目尻が少しだけ濡れてることを指で拭って指摘すれば「え〜?なまえの泣き虫がうつったかもね〜」なんて、おどけて誤魔化された。

「…ほんとはさ、もっとちゃんとプロポーズしようかなって思ってたんだけど」
「ちゃんと?」
「そうだよ。夜景の見えるレストランでロマンチックに〜みたいな」
「…似合わないね」
「でしょ〜。俺らにはこういうぐだぐだした方があってると思わない?」
「ん。そ、だね」
「まあだけど、まさか今日するとは俺も思ってなかったけどね〜」

 お前があんまりに可愛いから、つい言っちゃった。
 愛おしそうに目を細めながらわたしを見つめて、涙袋のあたりから頬にかけて親指で撫でてくるこの男にときめかないやつがどこにいるだろう。本当に、こんな人がわたしを好きになったことが不思議で不思議で、堪らない。また少し涙が湧き上がってくるのを感じながら、素直にその手に頬を擦り寄せた。この溢れ出る気持ちを言葉でうまく伝えられる気がしないし、今はこうするのが一番想いが伝わると思う。…実際、依都は心底嬉しそうに顔を綻ばせている。

「あ〜でも一つ謝らなきゃいけないことがあんだよね」
「なに?」
「うん。なんかさ、足りないと思わない?」
「たりない…?」
「そ。プロポーズっていったら〜?」
「いったら…」
「指輪でしょ!」
「あ、うん、そうだ」
「指輪ね、用意はしてあるんだけど〜家に忘れた」
「ばか」
「だから今日言うことになるとは思わなかったんだってば〜!」

 そうはいっても、別に指輪なんていらないんだけど。…明日になったら昨日のプロポーズはなしでえす!なんて言われた暁にはショック死する自信があるけれど、まあ依都はそんなことしないだろう。わたしに対する想いは本物だって、信じてるし。…いまは、信じれる。

「なんだったら取りに帰ってもいいけど〜…」
「…やだ、ここにいて」
「うん、だよね〜、そう言うと思ってたよ。…俺も、離れたくないしね」

 だからいまは、これで我慢して。
 そう言って恭しくわたしの左手をとって顔の高さまで持ち上げると、薬指にちゅ、と可愛い音を立てて口付けされる。恥ずかしくて目を逸らそうと思ったところで依都の視線がこちらに向けられて『ちゃんと俺を見てろ』とわたしの逃げ場をなくす。右手で、恥ずかしいくらい荒くなっていく鼻息を隠すために口元のあたりを抑えて、仕方なく、彼の行動を見守る。依都はそんなわたしに満足そうに小さな笑いを零すと、再び唇を落としてさっきとは違い今度はそこに吸いついてきた。ぢゅ、と可愛くない音がして薬指の付け根がほんのりピンクに染まる。

「…ありゃ、ここ結構吸いにくいね」
「す、吸わんでよろしい…」
「ん〜そう?じゃあ、こっちにしよっか」

 にやり、と相変わらず愉しそうに歪んだ唇が、今度はわたしの唇に吸い付く。唇と呼吸ごと吸われて、食まれて、足りなくなった酸素を求めて段々と弛んでいくわたしの口に容赦なく入り込んできた舌がぐちゃぐちゃと耳を塞ぎたくなるような音を立ててわたしのと絡まり合う。いつものわたしならここで依都に縋り付いてされるがままなのだけど、今日は自分からも舌を動かして、依都を求める。こんなに愛を伝えてくれてるのにそれを受け入れてるだけじゃダメだ。ちゃんと、わたしも与えられる人にならないと。…これから、一緒に生きていくんだから。

「ん、ん〜?…は、なに、積極的じゃん」
「ん、すき、だも、んぅ」
「…あー……お前さあ…」
「う、ん?」
「いんや、…今日生理でよかったねって思ってさ」
「なんで…?」
「じゃなかったら俺、絶対お前のことメチャクチャにしてる」

 少し余裕がなさそうな顔をした依都はわたしの口の端から溢れた唾液を舌先で舐めとりながら、もう一度唇を重ねてきた。負けじと彼の服を掴んでいた手を首に廻して、もっとと強請ればキスの合間に笑った依都の手がわたしの髪を乱しながら口付けを更に深いものにさせていく。息継ぎする間もないそれのせいで苦しいのも確かだけれど、それ以上に幸せすぎて、胸が苦しい。そっと目を開けると、涙の膜の向こうにあるギラギラと怪しく光る瞳と視線がかち合う。ぽろりと涙が転げ落ちた。

「…なまえ」
「ん、」
「幸せにしてやるから、俺のこと信じてついてこい」
「うん、う、」
「お前は?」
「…しあわせにしてあげるから、わたしだけ、みてろばか」
「ははっ!よくできました〜」


 好きだよ、愛してる。
 体の奥の、もっと奥の方。そこが震える感じがした。随分と長い間聞きたいと願っていたその言葉は案外すんなりと染み込むようにわたしの中に落ちてきて、静かに、だけど確実にわたしの熱を上げていく。依都の腕の中に収められて、痛いくらいに抱き締められながら、わたしは自分の中から色んなものが溢れ出しそうになるのを堪えていた。
 依都の腕の中は居心地がいい。一番安心できて、一番好きな場所。わたしも依都にとってそんな存在になれてたらいいのにな。そんな願いを込めて、祈るように、小さく震える声で「わたしもだいすき、あいしてるよ」と彼の胸元で呟いた。それから、今だけ生理とまらないかなって、さっきの依都みたいなばかなことを思って、静かに目を閉じた。


20150620 おしあわせに

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