テキスト | ナノ
彼ら二人の間に僕が割り込める。そんな浅はかな希望はとっくの昔にティッシュに包んで捨てた。残ったのは軽い疲労感と倦怠感、そして虚しさだけで大したことはなかった。あきらめる、なんてどうせどれもみんなそんなもんだ。大したことじゃない。ティッシュに包んで、ごみ箱にシュート。おしまい。
「あー彼女欲しーなー」
ただの音となって僕の口から出された独り言のような言葉。中身のないからっぽのセリフは、8畳間に響くこともなく消えていく。
自分が一番欲しいものは何なのかは自分が一番よく分かっていた。でも、欲しくて手に入れることができるものと、欲しいけれども手に入れることができないものは全く違う。そして僕のいう「欲しいもの」は間違いなく後者だ。手に入れることができないもの。手に入れることができてはいけないもの。例えば、鬼上司の女、とか。
自分でもなんて不毛な恋をしているんだろうかと思う。よりにもよって。
「山崎さんご飯ですよ」
「いま行きまーす」
今日の晩ごはんは山崎さんの好きなハンバーグですよ、と部屋の引き戸からちょこんと顔を覗かせて屈託なく笑う女。だから早く来て下さいね、待ってますから、なんてさ。彼女の誰かれ構わず見せる優しさは、嬉しく思う反面腹が立つ。変に期待させるべきじゃない、そういう優しさは副長にだけ見せてればいい。ぼんやりと彼女の顔を眺めながら心の中で呟いた。鼻のつけ根がじんわりと熱を持つ。ああやだな。やがて彼女の顔はゆらゆら揺れて形を崩し丸い透明な玉となって、僕の頬をするりと流れ落ちていった。あ、
進化を忘れたなみだ
20110523