テキスト | ナノ

僕を好きだというから付き合って、だらだらと三年になる彼女から別れを切り出された。同じ大学の考古学研究サークルで知り合い、哲学科の彼女はなかなか小難しいひとだったけれども、でも、僕はたぶん、それなりに好きだった。

「空は遮るものがなくていいと、思ってた」

別れよう、と告げられたあと何も言えないでいる僕に構わず彼女は口を開く。突拍子もないことを話すのはいつものことで、僕はいつものように黙っていた。彼女の細く白い指が、ぶちり、と手元の草を抜く。河原でサッカーをする少年たちの声が響いている。

「今はもう、手を伸ばす度に離れていくみたい。空は掴めないのにね、そう思わない?」
「…掴もうと、思ったことがないよ」
「そういうところが嫌い」

何と言えば良いのか分からなかった。こんなときの対処法は誰も教えてはくれないし、僕自身何か上手いことが言えるほど気の利いた人間ではなかった。ただ、好きだと言われた相手から真反対の言葉を聞くというのは、悲しいだとか、ショックだとかいうより、なんだか不思議な気持ちがした。

「わたしのことを一度も見なかったことは別にどうでもいい。でも、自分自身のことも一度も見なかったところが嫌い」

何にも、自分にすら興味のないふりをして、そうやって自分を守っているだけだ、と彼女は続けた。ほんとうに気がかりなものから逃げて、怖がっているだけだ、と。臆病者だ、と。否定は、できなかった。

「僕も、嫌いだ」

ばったり会うのが恐ろしくて、未だに地元に帰れないところ。それなのに、街で似た姿を見かけると息が詰まって、期待をして。どうしようもない人間だ、と思う。けれど、ほんとうに、ほんとうにどうしようもないのだ。こんな自分が嫌いだ。まだ期待をしている自分が嫌いだ。会えるんじゃないかと思っている自分が嫌いだ。ほんとうに、嫌いだ。

「分からない、どこにいるのかも。何をしてるのかも。もう全部、なにもかも、分からないんだよ」

もう遅い、と自分に言い聞かせるように呟く。

「何かを始めるのに遅すぎるなんてことないの。何だったらわたしが見付けてあげてもいい」

すっかり緑に染まった掌を胸にあててそう言う彼女の元にモノクロのボールが転がってきた。すいませーん、と間延びした声を出しながら少年の一人が駆け寄る。ずいぶんと汗を流したのだろう、懐かしい、刺激臭。鼻の奥が、ツン、とした。



ダウン・ヘヴン

20120203



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