テキスト | ナノ

「三成」
「案ずるな。どうということはない」
「三成、三成」

泣いている、と思った。不愉快なだけだった女の泣き顔を、美しいと思うようになったのはいつからだろうか。この女はなかなか強情で、滅多に泣き顔を見せることはないから、珍しいものを見るのと同じ気分でそう思いだしたのかもしれないし、少し前、この女がよりにもよって一番着飾って私の隣に座っていたときに、泣いていたからかもしれない。しかし私は覚えている。この女の泣き顔は、生まれたときから美しかったのだ。

「見えずとも死なん」
「あなたは、いつもそうやって、」
「喚くな」

嗅ぎ慣れた藤の香のする方へと伸ばした手は僅かばかり宙をさまよって、暖かく柔らかい濡れた何かに触れた。三成、と名を呼ばれる。この女は、鈴の鳴るような声で私を呼ぶ。

「わたしがあなたの目に、」
「いらん。貴様の目などろくなものを見ん」
「じゃあ、」

そう言って女は更にぼろぼろと涙を零した。生暖かいそれが私の右手を伝ってぽとりと畳に落ちる。この女の落としたそれは染みになっているだろうが、私には何も、見えはしない。天罰なのだと思った。秀吉様の敵を討つこともできず、ただ安穏とした日々を享受している私に、御仏が罰を降したのだと。秀吉様が討たれたとき、闇と共に生きると決めたのは誰であったかと。

「盲となったくらいで騒ぐな」
「でも、」
「目など、貴様を失うよりよっぽど良い」

視界を失い、私の光はこの女ただひとつとなった。この女を残したのは御仏の御慈悲であると私は解釈している。もし目ではなくこの女を失ったなら、私は無と共に生きて行くしかなくなるのだ。生きながらにして死ぬのと引き換えにする目など、惜しくもなんともない。

「貴様はただ、私の目の届くところにいろ」

そう言って女の体を引き寄せると、その美しい泣き顔を忘れてしまわないように、両の手で女の顔に触れた。眉、鼻、頬。整ったそれは、涙で濡れていなければ精巧に作られた人形のようだ。その間も女は飽くことなく雫を垂らし続けるが、如何に、私は最早、愛しい女の涙を拭ってやることすら上手くできないのだ。
「もちろん、ずっと、三成のそばに」と女は言って、私の手に自分のそれを重ねる。か弱い、女の手であった。



ひかりを生きる

20120203



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -