テキスト | ナノ

※3Zで登場人物がガンダムの操縦士というなかなか大変な設定



「ポツダム宣言、受諾して下さい」

…え?土方は言った。卒業式の直後、誰もがほんの少しは感傷的になる時間に自分を呼び出し、先程の質問(謎である)をしたとあるクラスメイトに対して彼の返した一文字は、その問いの内容から言っても申し分のない、至極真っ当な返答であった。拍子抜け、という風にクラスメイトを注視している。

「まあ、それだけです。お時間取らせちゃってごめんなさい」

土方は迷った。じゃあ、と言って帰ろうとしたクラスメイトを引き留めるべきか否か。質問の内容について聞き返すべきか否か。土方は全能ではないためその正解は分からなかったが、あの、と言ったきり、彼の体が動くことはなかった。近頃の若者は積極性がない、とデープ・スペクターが朝の番組で嘆いているのを思い出す。土方は、案外あのエセ外国人が嫌いではなかった。胡散臭さがいいのだ、と密かに思っている。もちろん、口には出さない。
こうして、高校生活最後の彼女との会話は謎のまま終わった。非常に、謎である。


「土方くん伍号機の整備お手伝いしてもらえる?」

わたしあんまり整備得意じゃなくて、と笑う同僚は、最近ここに配属されたばかりの女性隊員である。なんでもここに来る前はずいぶん長くラスベガスにいたとかで、一通りの賭け事はできるのだと自慢していた。彼女は、自分以外の日本人隊員が土方だけであったためか、よく彼を頼る。土方もまた、何だか昔馴染みの友人に会ったような、刹那的な懐かしさを彼女に感じていた。母国が一緒だというのは、つまりそういうものなのだろう。

「ベルリンの空は暗いね」
「ラスベガスが明るすぎんだよ」
「そう?確かにやたらビカビカはしてたけど、どこもそんなもんじゃない?」

夜中にビカビカしている街はラスベガスくらいだろうと土方は笑ったが、彼女は納得がいかないというような顔をして運転席のボルトを締め直す彼を注視した。彼女の手は、ふきんを掴んだまま固まっている。そう、彼女はよく、困ったように土方を見ていることがあった。土方もそれに気付いていて、自分が何かしたのだろうかとその度に思うのだが、特に変わったようすはないのである。彼女に問い掛けてみても、日本顔が懐かしくて、とはぐらかされるばかりであった。

「土方くん」
「なんだ」
「ここから南西に少し行ったところに、何があるか分かる?」

突拍子もない質問であった。ベルリンから南西に行くとは言っても範囲が広すぎる。しかし土方はドイツの主要都市とその場所は全て暗記していた。上からのご卓見である、拒むわけにもいかない。

「ブランデンブルグの方か?」
「うん、そう、ちょうど」
「じゃあ…ポツダム」

正解、とでも言うふうに彼女は親指を立てた。訳も分からぬまま土方もそれに倣う。それにしてもポツダムがどうかしたのだろうか、生粋の仕事人間である土方は心配であった。敵だろうか。

「ずっと言おうと思ってたら、今になっちゃったんだけども、」

彼女が、またあのいつもの表情で土方を見ていた。言い澱む彼女の肩より少し長いくらいの髪の毛が揺れる。あ、土方は気付いた。

「ポツダム宣言、受諾して下さい」

え?という間も、また?と言う間もなかった。敵の出現を知らせるランプが光り、警報が鳴り響いたのである。土方は迷った。じゃあ、と言って出動しようとした同僚もとい元クラスメイトを引き留めるべきか否か。質問の内容について聞き返すべきか否か。土方は全能ではないためその正解は分からなかったが、あの、と言って彼女の手首を掴んだ。近頃の若者は積極性がありすぎて駄目ね、とあの頃に比べ些か老けたデープ・スペクターが朝の番組で嘆いているのを思い出す。土方は、相変わらずあのエセ外国人が嫌いではなかった。胡散臭さがいいのだ、と密かに思っている。もちろん、口には出さない。



一念発起とその継続性について

20111008



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