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勝ち逃げだ、と三年前の財前は言った。「勝ち逃げだ」、というのはあまり正しい表現ではないかもしれない。なぜなら財前はれっきとした関西人で、彼は関西でお馴染みの方言を操っていたからだ。

「そんなん勝ち逃げやないですか」

死んだらええんや、先輩なんて。わたしを見下ろして三年前と同じセリフを呟く財前は、相変わらず尖っている。左手がカラフルな色のピアスに一瞬だけかさりと触れて、そのまま手持ち無沙汰にパーカーのポケットに突っ込まれた。

「ようやく追い付いた思ったら、またこれや」
「でも今回は中学のときみたいにみんなと一緒じゃないじゃん?わたしだけだから許してよ」
「そういう問題ちゃいますやろ」

部長副部長と銀さんとそこのバカップルはまあええですわ、でも、謙也さんだけは納得できひん。謙也さん違う高校行きはったらええんとちゃいます?
卒業式のあと、部活のみんなとお別れ会をしたときに財前が謙也に向かって珍しく饒舌に放った言葉が蘇ってきた。なんや?ヤキモチやなんて財前にも可愛らしいとこあるやんけ〜、とニヤニヤした謙也にかました彼の容赦ないエルボーは、死んでも忘れないだろうなと思った。

「じゃ、財前、わたしそろそろ行くわ」
「…先輩のそういうとこ、大嫌いや」
「まあ、でもほら、二度と会えないってわけじゃないし、多分」
「うっさい。言い訳はもうええねん。はよ行け」
「うん、じゃ、ほなな、財前」



七年前、下手くそな関西弁を遺して先輩は死んだ。殺しても死なんような女やと思うとったんに、あっさり逝きおった。なにが、ほなな、や。あないなひどいエセ関西弁言う女なんて、死んで正解やっちゅうねん。中学の頃から愛用しているヘッドフォンを耳に当てて音楽プレイヤーのスイッチを入れた。こんな時は音楽に限る。

やかましい葬式やった。謙也さんとバカップルはわんわん泣くわ副部長は血出るほど唇噛み締めとるわ千歳さんは俺の頭がしがし撫でるわ(あのノッポ、痛いねん)部長は微笑んで先輩の顔眺めとるだけやし。金太郎だけがこの状況を分かってへんみたいやった(高一やろが)。まあ、しゃーないわな。

「なあなあ光、姉ちゃんどこいったん?」
「死んだわ、アホ」
「死んだ?それ、なんなん?いつ帰ってくるん?」
「帰ってきいひん、死んだんや」
「何で帰ってこんのー?なあ光、何で?」
「やから、」

珍しく声を荒げそうになった俺の前にずいと出て来て「金ちゃん、姉ちゃんはな、遠いとこに行ってもうたんや」子供を諭すように部長が言った。

「せやからもう帰ってこれへんねん、分かってや」

すっかり背の伸びた金太郎を抱きしめて言う部長の背中は震えとって、聖書言われとっても人間なんやなあ、と関係のないことを思うとった。金太郎はよう分からん、言いながら不思議なそうな顔をしとった。

「失礼します、財前です」

もう随分押し慣れたインターホンを押して言うと「ちょっと待ってね」と声がして、どたばたとドアが開けられた。そない急がんでもええのに、せっかちなところは先輩そっくりや。

「散らかってるけど。光くん来るって知ってたら片付けたんだけどねえ、ごめんね」
「すんません、いきなり」
「いいのよいいのよ」

これからうちのことは光くんちだと思ってね、と何回目かに先輩の家に行ったときに言われた。そうや、なんやえらい陽気なオカンで、どっちか言うと静かな先輩はオトンに似たんか、と思ったんや。

「今日はまたどうしたの?」
「いや、急に来とうなって」

先輩の好きやった果汁100%のオレンジジュースとねるねるねるねを供えて、仏壇に向かって手を合わせた。どこにいるか分からん先輩に届くかは分からへんけど、やらずにはいれんかった。気付けば、あれから毎年、一ヶ月に一回以上はここに来て、先輩のオカンに言われるがままに先輩の家族と晩御飯を食べとる。おかげで、滅多に懐かへん先輩んちの猫にも懐かれた。自慢したろ。

「もう良いのよ」

仏壇の中の先輩の笑顔をぼーっと眺めとったら、ふいに先輩のオカンが肩をぐりぐりと揉んだ。お母さんの肩揉み気持ち良いけど超痛いんだよねマジターミネーター。そう言って俺のユニホームを畳んで、けらけらアホ面さらして笑う先輩を思い出した。じわっと、目頭が熱くなる。あかん、最悪や。

「光くんイケメンだし、まだ24でしょ?おばさんは、あの子のことはもう忘れて光くんのために生きて欲しい」
「おばはん、」
「光くんをこれ以上縛りつけるのは、あの子も望んでないと、」
「今日で10年になるんですわ、先輩と付き合って」

先輩の言ったほど、おばはんの肩揉みは痛くはあらへんかった。先輩は華奢やったから痛く感じたんか、おばはんも年を重ねて力が弱なったんか。

「10年記念日やし、給料の何ヶ月分とか言うアレ買うて来ました。感謝してや」

金属アレルギー気味の先輩に合うもんを見付けるのはなかなか骨の折れることやった。墓に置こうかとも思うたけど、カラスに食われるんがオチや、と仏壇にした。先輩の家族には内緒にするはずやったのに、まあええか。俺のより幾分か小さな、シンプルなプラチナリング。内側にHikaruと彫られとるのはちゃんと確認済みや。それを箱から取り出して指輪立てにはめる。ねるねるねるねの隣は癪やから写真のすぐ隣に置いたった。

「何で俺が先輩なんかに縛られんとあかんのですか。縛っとるのは俺の方ですわ」
「光くん、」
「おばはん、いきなり来てなんや厚かましいんですけど俺おばはんの作るもん好きなんすわ。よく先輩の弁当の具奪って食っとりました。えらいすんません」
「…すぐ、今すぐ作るわね、」

これからもいっぱい食べてってね。俺の肩をパンッと景気良く叩いて立ち上がると、鼻を啜りながら小走りで台所へと向かうおばはんの足音が聞こえた。叩かれたところがじんじんしとる。なんや、おばはんの肩揉み痛い言うんほんまやん。

「知らへん間に俺のが6つも年上ですね。俺がそっち行くまで気長に待っとってください」

アホ面下げて笑っとる先輩の顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。あっちで俺がいない間訳分からん(謙也さんみたいな)男にほだされてへんやろな?まあ、何言うても、先輩は最大の勝ち逃げしたんや。向こうで会ったら果汁2%のオレンジジュース喉に詰めてゴクゴク言わすで。



そのときはよろしく

20111005



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