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将来有望な男であった。こいつはそのうち大物になる、と、私の中の勘と経験がうるさく吠えていた。大抵は目を見れば分かる。奴は、ひどく血の通った目をしていたのだ。見込みは充分だ。これが、私の最後の一年をこの人間らしいガキに賭けようと決めた理由である。
そして奴は無事に大学受験を乗り切った。よくやったな、と頭を撫でてやると嬉しそうに微笑んだ。その表情を見て、私のやってきたことは間違っていなかったのだと安心すると同時に、言い知れぬ不安と悲しみが私のこころを支配した。奴はもはや私の元から巣立ったのだ。私への依存から抜け出す時だ。何時の間にか、私より高い位置に奴の視線はある。

惨たらしいことに、時間は誰しもに平等である。奴が日々地道な努力を積み重ねている間にも、私の体は弱っていった。末期癌であった。私にとって死などは今更恐怖ではない。死は甘んじて受けて然るべきだと常々思っている。しかし、一つだけ、奴だけが心残りであった。

私はあらゆる私の痕跡を消した。職を辞し、住所も変えた。雪とは無縁の避寒地で、部屋に篭りただひたすらに数式を解いたり、論文を書き連ねたり。天気の良い日の午後、丁度、太陽が真上に来る頃に外を散策したり(病を患っているとは言え、ただ机に向かってばかりでは体が鈍っていけない)。なにしろ、残り少ない人生である、好きな事を好きなだけした。働きもせず、趣味に全ての時間を費やしている。しかし、私という人間はただひたすらに欲深なもので、突き放したはずのお前が気になって仕方がないのだ。何と言う未練がましさであろうか。依存から抜け出せだのと偉そうに言っておいて、依存していたのはむしろ私の方だったのである。笑止。



こすって消した

20110921



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