テキスト | ナノ

2012年某日
お前のハートはいただいた


「君の瞳に乾杯」
「寒っきもっ死ね」

この日のために買ったワイングラスに彼女の好きな十六茶を注ぎ、片目を魅惑的につむり(いわゆるウィンク、というやつか)ながらそう囁くと、目の前の女はわざとらしく身震いをしながら顔を背けた。ご丁寧に歯まで震わせている。このツンデレめ。

「いやいやhoney、彼氏に向かって死ねはねえだろ死ねは」
「えっここに彼氏とかいたんすか?えっどこ?冷蔵庫の裏?」
「残念。俺んちの冷蔵庫の裏には愛と勇気しか詰まってねえよ」
「うわー死んでー」

なにパンマンだよ、とけたけた笑いながら食卓の上のポテトチップスをつまむ。なあ知ってるか。今ばくばく食ってるそれ、お前がポテチはのり塩のり塩うるせーからわざわざのり塩を買ってきてやったんだぜ。もともとうちはうす塩派だってのに。なんて優しい俺。政宗様々じゃね?

「で、」
「ん?」
「今日はまた何用?」
「何用ってお前、今日何の日だよ」

今朝、こいつがガラガラと教室の引き戸を開け、おはよーうと挨拶した途端聞こえてくる誕生日おめでとうの声。この女の友達の多さと人望の凄まじさを改めて突き付けられた瞬間だ。

「大事な大事なマイハニーの誕生日にこの恋愛のエキスパート政宗様が何もしないわけあるか?ねえだろ?」
「マイハニーと恋愛のエキスパートが全く関係ない件と今日の政宗がいつにもましてハンパなくウザい件についてちょっとご説明願いたいんですが」

誕生日おめでとう。お前が生まれてきてくれて良かった。

照れ隠しなのかそれとも照れ隠しなのか、ありがと、と一言だけ言ってまたポテトチップスのり塩味にがっついた。俺もがっつく。何だか今更はずかしくなってきた。何つーこと言ってんだよ俺。一回豆腐の角に頭ぶつけて来いよ。そういえばたしか絹ごしが冷蔵庫に入ってたはずだ。

「ちょっと一回華麗に死んでくる」

豆腐を求めて席を立つ俺を、ねえ、という聞き慣れた声が呼び止めた。冷蔵庫をがさごそしながら間延びした返事をする。

「来年の今頃はくそめんどくさい受験も終わって大学生か」
「…だな」
「その頃、わたしはきっと、政宗の思い出になってるんだろうな」

思わず手が止まった。右手はところてんを掴んだまま。は?なんて?

「何言ってんだお前」
「まあ政宗の教員生活の1ページになるんなら本望だわ」
「それどういう意味だよ」
「政宗ならすぐ可愛い彼女できるだろうし」

俺が間違っていた。こいつこそ豆腐の角に頭ぶつけて来るべきだ。俺の思い出になるとか、教員生活の1ページだとか、そんな。

「…俺に飽きたか?」
「まさか」
「ほかに好きなやつとか」
「こめこパン以外興味ないよ」

伊達政宗の人生史上最速、フルスピードで脳みそが働いている。生物選択ではなかった俺はあんまり詳しくないが、多分今の俺の脳みそは、前頭葉だとか側頭葉だとかそういう類の部位がめちゃくちゃ動いているに違いない。それくらい、自称こめこパンにしか興味がない女の言ってることが全く分からない。なんだよそれ。

「つまり終わりにしようってことか」
「どうせ元から高校までだったよ、政宗とわたし」
「誰が決めたんだよそんなの」
「誰も決めなくてもそうなんだよ。遠距離だよ?今みたいに毎日会えるわけじゃないし、お互い違う世界ができるし」
「お前それ本気で言ってんのか」
「もういい加減、戻ろう…普通、に」

普通ってなんだよ。お前の言う「普通」はそこらの踏ん反り返った大人が言う「普通」だろ。何なんだよ、「普通」に「戻る」って。じゃあ、今の俺達は異常だってのか。怒りに任せて野菜室の扉を閉めると、バアン!と大きな音が響いた。そして、全てを諦めきったようなやつの顔を見て無性に腹が立った。なんだよその顔。

「好きだけじゃどうにもならないことがあるとでも思ってんのか、お前」
「実際そうだよ。どうにもならない」
「お前は何でそうやって決め付けんだよ!そういうのは死ぬ間際に言うセリフだろうが!そういうのは、俺達がよぼよぼのじーさんばーさんになったとき万が一上手く行ってなかったら、ああ恋ってのは好きってだけじゃ駄目なものだったんだなって言うんだろ!それなのに何で今から決め付けてんだよ!」

久しぶりの大声だからか、若干ふらっときた。それでも怒りは収まらない。おまけにこの程度で立ちくらんだ自分自身にも腹が立ってきた。

「じゃあ政宗はわたしが大学行っても今の気持ちのままでいられる?今の関係維持できると思ってんの?」
「できるに決まってんだろなに当たり前のこと聞いてんだ!」
「人の気持ちなんて分かんない。政宗が可愛い女にちやほやされてそっちになびいても、わたしは政宗を責められない」
「いや俺は責める。こうみえて俺は嫉妬深いんだよよく知ってんだろ。俺はお前が可愛い女だろうがブスだろうがイケメンだろうが不細工野郎だろうが俺以外の生物になびいたら責める。なに浮気してんだって」

はあ、やつが珍しくはいたため息の音がやたら気に障る。さっきのところてん握り潰してえ。

「だからお前は黙ってパンでも食ってろよ」
「…パンじゃない、こめこパン」
「俺はお前が好きだ。これからもずっと未来永劫フォーエバーだ。忘れんな」
「政宗」
「あ?」
「ごめん」

のり塩でぎとぎとの指を彼女のセーラーにぬぐってやった。抵抗してもやめてやらない。やめてやるかよこの野郎

「言っとくけどな、俺、本気でお前の中で優先順位こめこパンより下なんじゃねえかって悩んだことあんだからな」
「マジすか」
「それなのにお前は…いらねー心配してんじゃねえ」
「うん、そうだね、そうだよね」
「楽しみにしてろよ、来年の今日。前の日わくわくして寝れなくなんなよ」
「遠足前の小学生じゃあるまいし」
「ぜってー俺に惚れ直させる」

はいはい期待して待ってます。もっと楽しみそうにしろよ。うわあ楽しみだなあ。お前…何かもうちょっとこう、あるだろ。

そもそも、こいつは俺がどんなに自分にぞっこんかが全然わかっていない。お前が好きすぎてこめこパンが憎いことも、本当はポテトチップスはしお味しか食えないことも、きっと、なんにも。来年の誕生日はそれを分からせる良い機会だ。ついにこいつが俺にひざまづく日がくる。誓って良い。なんなら今出しても良いんだぜ、声明



20100815 犯行声明



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -