テキスト | ナノ
トンガリ帽子みたいな、キテレツな髪型が好きだ。たれ目の下の不健康そうなクマも、青白い顔色も、好きだ。ちょっと愛情表現が過度すぎるところも
「わたし、祓魔師になるの」
彼とわたしが初めて会った日から、ずいぶんと経っているような気がする。当時のわたしは小学生だったか。たしか、道端にぼろぼろと落ちていたスナック菓子のくずを辿っていたら、電信柱に逆さまにぶら下がってもぐもぐとする彼に辿り着いた。あの頃に比べて、わたしは背が伸びた。体重が増えた。でも彼は、変わらない
「兄上のところに、行くのですか」
お兄ちゃんなにしてるの?食べています。あなたも食べますか?ううん、知らない人からもの貰っちゃだめって言われてるから、だめ。そうですか。それがわたしたちのファーストコンタクトであり、初めての会話だ。
「うん。メフィストさんが呼んでくれたから」
それからわたしは、毎日のようにスナック菓子のくずを辿って行った。すると彼は決まって電信柱に逆さまにぶら下がってもぐもぐ。もぐもぐと口を動かしている彼を、体育座りで眺めるのは飽きなかった。幼かったわたしは、いっちょ前にもそれが「恋」だなんて思いもよらず。今ならあれがわたしの「初恋」だときっぱり断言できるのに
「こんなことなら、あなたの唇でも耳でもなんでも食いちぎっておけば良かったな。もしくは虚無界に連れて帰るとか」
奇妙な関係はしばらく続いて、わたしはまだ彼の名前を聞いていないことに気づく。お兄ちゃん、お兄ちゃんのお名前は?
「好きだよアマイモン。でも、さよなら」
…アマイモンです。あまいもん?はい。変わったお名前だね!あまいもん!そうでしょうか。
「およめさんになってあげられなくて、ごめんね」
普段は、彼を眺めているわたしに格別干渉してこない「あまいもん」が、突然電信柱から飛び降り、しゅたっとわたしの真ん前に着地する。食べます?食べかけの鯛焼きを差し出され、うん!と勢いよく頷くわたしを「あまいもん」は不思議そうに見ていた
「祓魔師になったら、ボクを殺しに来ますか」
あんこが吸い尽くされ、ほとんど生地だけになった鯛焼きを頬張る。決めた!わたし、大きくなったら、あまいもんのおよめさんになる!あまいもんの、およめさん!
「アマイモンに勝てる気がしないわ」
わたしが成長していっても、相変わらず彼との関係は続いていた。彼に会う時間が削られるのが嫌で、中高共に部活には入らず。下校のチャイムを聞くとすぐに帰り支度をし、校門を出た。その頃にはすでに彼が人間ではないことにいい加減気付いていて、まあ化けた狐か、幽霊か、はたまた妖怪か何かかと思っていたら。ボクは悪魔です、と。
「ボクは負けません。アナタに勝って、アナタを取り返します」
「あまいもん」は、ア・マイモンでも天井門でもなく、地の王アマイモンだったのだ。殺されるのかな、と一瞬思った。でも、それでもいいかな、とも。好きな人に殺されるなら、まあいいか。
「そんなことしたら、わたし虚無界行き決定じゃないの」
不意に伸ばされた右手。ああ死んだな、と感じたと同時にわたしの体を何かが包んだ。人間のような温かさはない、石像のような、無機質な感触。唇を噛みちぎってもいいですか?殺すってこと?まさか、愛の証としてほんの少し噛みちぎるだけです。そんなことしたらわたし死んじゃうよ。死ぬのはいやです。じゃあ噛みちぎるのはやめてね、噛むくらいにしといて
「虚無界はいやですか」
じくじくと痛む唇から血の味がする。鉄くさい。彼はわたしの唇を噛むのが好きなようだった。しょっちゅうガシガシと噛まれ、血が滲む。痛いからと言っても全く聞く耳を持たない
「アマイモンと一緒ならどこだっていい。けど、もうだめだよ」
アマイモンがあまりにも噛むせいで、わたしの唇は常に真っ赤だ。でもそれが彼はお気に入りらしく、わたしが痛いと言う度に満足げに笑った。ああ、懐かしいなあ
「どうしてですか」
そういえば、彼といるおかげか昔からわりあい悪魔やらが寄ってきやすい体質だったわたしに、そういったものが全く寄り付かなくなった。地の王アマイモンといるということは「そういう」ことなんだろう
「わたしが祓魔師になるから」
「アマイモンとは、敵だから」
「だからもう、だめだよ」
わたしがあの時道端のスナック菓子を追いかけなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。アマイモンに会うこともなく、生涯帰宅部なこともなく、唇が真っ赤になることもなく、
「だめなんだよ」
すべてがメフィストの、あの得体の知れないピエロの掌の上。ふとそんな気がした。食えない顔をして笑うやつの姿が頭に浮かぶ
「さよならだよ」
「アマイモン」
「大好きだった」
恐らく最後になるだろうから、アマイモンを力いっぱい抱きしめる。細いなあ
「もうアナタには会いたくありません」
「次会ったら、ボクはきっとアナタを殺します」
とん、肩を押されて、至近距離のアマイモンと目が合う。わたしはこれからこんなのと戦うのか。本当に、いっそ清々しいまでに勝てる気がしない。シャリンと音をたてて、彼の手が独特な形をした鍵を掴む。ああほんとに、本物の、さよならなんだ
「でもアナタが死ぬのはいやだ」
そう告げると、彼はドアに鍵を差し込み消えた。おしまい。だが部屋にはまだ、彼の食べかけのお菓子が散乱している。それが、もしかしたら彼は帰ってくるんじゃないかと危ない錯覚を起こす。自分から突き放しておいて、なんて都合の良い女なんだろう。
机の端に、よく指にはめて一緒に遊んだ三角錐形のスナック菓子が一個ずつ、タワーのように重ねられているのが見えた。やっぱりアマイモンは、悪魔のくせに人間くさいね
ヒューマニティタワー
20110630