「春っちー!」



クラスに大きな声が響きわたった。それは間違いなく栄純くんで元気よく僕の所まで走ってくる。なんか犬みたいだなあなんて思っていると、栄純くんは「元気か春っちー!」とまた叫んだ。いや、ついさっき朝練で会ったじゃん……と思っていると、栄純くんは僕の机の横に立ったと同時に降谷くんの姿を捉えたようだった。



「降谷、公式戦出てからファンが増えてるらしーな!さすがエース候補ってか…チクショー!」

「ちょ、栄純くん落ち着いて…それに、あの子は降谷くんのファンじゃなくて彼女だよ」



キーッと悔しがっていた栄純くんがぴたりと動きを止めた。「あれ、余計なことを言っちゃったかな」と反省した時には、時すでに遅し。栄純くんは僕に顔を寄せて「えっちょ…可愛いじゃん!」と動揺したように言って、そのまま降谷くんの方にずんずん歩き出した。



「降谷ー!!彼女できたなんて聞いてねーぞ!」

「だって言ってないし」

「あ、はじめて苗字名前です…」

「うお、沢村栄純っす!降谷とは同じエースを目指すライバルというか同志というか…な!」

「………」

「って無視すんじゃねーよ!」

「ちょっと…あんまり名前に近づかないで」

「えっ!俺ばい菌!?」



楽しそうな(少なくとも僕にはそう見える)やり取りが教室に響いて、僕は思わず笑顔になった。僕はいつも降谷くんと栄純くんと一緒にいることが多いから、名前ちゃんも早く栄純くんと仲良くなれたらいいなんて思う。




***




「あれ、降谷いねーのかよ」



食堂でお昼を食べていると、僕と栄純くんの向かいに倉持先輩と御幸先輩がやってきた。倉持先輩はトレイをテーブルに置きながらあたりをきょろきょろと見回す。いつも僕らは三人でいるから、一人欠けているのに違和感があるのだろう。



「そしてもうここでやつを見ることは少なくなりますよ!」

「なんでだよ」

「彼女にお弁当作ってもらってますからね!」



えっ、栄純くん言っちゃうの…と思ったが口に出す時間もなかった。急に倉持先輩も御幸先輩も目つきがぎらんと変わって、「なんだって…」と変なオーラまで出始めた。ここから事情聴取が始まるぞ、と思っていたら急に倉持先輩が立ち上がって「純さん!亮さん!こっちこっち!」と叫んで、続けて御幸先輩が「面白い話ありますよ」とにやりと笑って言った。伊佐敷先輩がずんずんと他の生徒の間を歩いてこっちに向かってきて、兄貴はその後ろをにこにこと笑顔で続いた。



「降谷に彼女ができたらしっすよ」

「あぁ?」

「しかもお弁当まで作ってもらっててもう食堂には来ないとか」

「へえ…」



伊佐敷先輩の顔に青筋が浮かんで、兄貴も笑顔だけど目が笑っていない。「降谷あの野郎ぶっ殺す!!」と伊佐敷先輩がお箸を持ったまま叫んで、兄貴は兄貴で「どんな子?可愛いの?いつから?春市答えろよ」と半分脅すように聞いてきた。「今度一緒にいる所に乗り込んでやりましょーよ!ヒャハハハ!」と倉持先輩が言って、僕は思わず降谷くんを思いながらご愁傷様…と呟いた。