どきどきどきどき。心臓がうるさい。待ち遠しかったはずの昼休みはあっという間にやってきて、来たら来たで不安で仕方ない。四限が終わったら瞬間移動したんじゃないかってくらいの速さで降谷くんが私の机の横に立っていて「ごはん行こう」と言った。隣の春市くんは笑顔で「いってらっしゃい」と言ったけど明らかに「頑張って」という意味が込められていたのはわかったので、思わず力強く頷いた。



「今日のおかずはね」

「あ、言わないで」

「え?」

「開けてからのお楽しみにしたいから」



廊下を二人で歩きながら少し照れくさくなって何か話そうとすると、それを降谷くんが制した。降谷くんはさっき私が渡したお弁当を大事そうに両手で包むように持ちながら、小さく言った。お楽しみだなんて、降谷くんは可愛いなあ。



「どうして笑ってるの」

「え?あ、ごめん。なんか降谷くん可愛いなって…」

「僕が…?苗字さんの方がずっと可愛いよ」



度肝を抜かれた。顔がぼわっと急に熱くなる。か、か、か…可愛いだなんて…!何も言うことができずに頭がショートしそうになっていると、「ごめん、もう言わない」と降谷くんが謝ってきた。違う、謝ってほしいんじゃなくて、そんなリップサービスに何も答えられない自分が情けなくて…。しっかりしろ自分!と自身に言い聞かせて二人で中庭に座ると、周りにはカップルが多くて、その中の一組が私たちと思うとまたどきどきした。



「じゃーん」

「うわあ、美味しそう…」

「コロッケ、頑張って今朝揚げたの…美味しいかわからないけど…」

「嬉しい…」



降谷くんはコロッケを口に入れてもぐもぐと食べた。ずっと無言なのでこちらも固唾を飲んで見守っていた。ごくん、と飲み込む音がして、降谷くんの顔がぱあと明るくなった。いや、笑顔になったわけじゃないんだけど、降谷くんは表情に出さないながらも感情がわかりやすい。「美味しい…」と言ってこちらを見た目がキラキラしていて、思わず私も笑顔になる。



「ねえ」

「うん」

「名前で呼んでいい?」

「えっ」

「小湊くんとは名前で呼び合ってるのに、僕らは名字だから…」

「あ、そ、そうだね…」



確かにそうだ。春市くんは私を名前ちゃんと呼ぶし、私だって春市くんって呼んでいる。「いいよ」と躊躇なく返事すると、降谷くんは真っ直ぐな目で「名前」と言った。じんわりと胸が熱くなった。すると降谷くんは少し頬を赤くして視線を落としながら「名前も、呼んで」と言った。じわりじわりとまた顔が熱くなる。



「さ、とる」

「…もう一回」

「さとる」

「もう一回」

「ごめん、暁くん、でいい?」

「いいよ」



だからもう一回呼んで。と言う降谷くん、じゃない、暁くんはなんだかわがままな子どもみたいだった。呼ぶたびに彼がじーん…と噛みしめるように目を閉じるので、つくづく暁くんは不思議な子だ。今日から私と降谷くんは、名前と暁くんだ。