沈んでしまって見えない


正直、告白されるのはこれが初めてではなかった。でもかと言ってそういう経験が豊富ではなかったから俺は少しぎこちない足取りで教室を出た。屋上へ向かう階段を上る。そこの途中の踊り場に彼女はいた。



「い、伊佐敷くん…」



たしか去年同じクラスだった女子だ。恥ずかしそうにこちらを見ている。いや、恥ずかしいのはよっぽどこっちの方だ。教室を後にしようとする俺に亮介が「どこ行くの?」と鋭く聞き「便所だよ便所!」と返すと「へえ、まあ純が行こうとしてる方向、トイレとは逆だけどね」と言われた。本当に変なことに気が付くやつだ。



「あの…ずっと、去年から好きだったんです…付き合ってください…!」



その女子はそう勢いよく言って頭を下げた。いや、頭を下げられても、と俺は思わずその姿から目をそらした。しかし、すぐに頭にひとつの顔が過った。苗字の、顔。思わず目を瞬かせた。どうしてか、急に苗字の顔が浮かんだ。そして目の前で頭を下げている女子を見ると、なんとも言えない気持ちになった。俺は、お前と付き合う気は、残念ながらない。



「悪い…俺野球のことしか考えてねーし、付き合うとか…そういうことするつもりはねーから」



俺が言うと、その女子はばっと顔を上げた。目には涙が溜まっていた。「そうですよね…すみません」彼女はそう言って俺の横をすり抜けて階段を駆け下りていった。俺はしばらくそこを動かなかった。俺が野球のことしか考えていないのは本当だ。ちょうどいい断り文句にはなった。でも、それだから誰とも付き合わないのとでは違う。俺は…



「純」



ふと下方から声がして見ればそこには亮介が立っていた。「聞いてたのかよ」と聞くと「さあねー」と涼しげに笑われた。はあ、どうしてこうなるかねえ。




***




「名前!ちょっと!」



屋上で数人でお弁当を食べていたら教室に戻ったはずの友達が走って戻ってきた。どうしたのだろうとみんなで目を見張っていると、彼女は興奮したように目を大きくして言った。



「今、階段の踊り場で伊佐敷くんが告白されてた!」

「うそ、あの伊佐敷くんが!?」

「うん、隣のクラスの朝美ちゃんに!」

「で、伊佐敷くんはなんて?」

「断ってたよ!今は野球にしか興味ないんだって」



みんながその話に興奮して食いついている中で、私は一言も発することができなかった。「名前、仲いいから付き合うかと思ってたのになあ」という友達にも上手く笑うことができない。あれ、どうして私こんなにがっかりしてるんだろう。どうして、こんなに悲しいんだろう…。

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