予感に触れてみる


「伊佐敷くんは怖くないよ」



そういう私に友達は目を丸くした。「どうしたのいきなり」と驚かれたのも仕方ない。なぜならば、女子の共通認識は、伊佐敷くんは怖いということだったからだ。女の子たちには素っ気ないし、男の子たちとつるんでいる時も大きな声を出すことが多いので、あまり彼と関わりのない子たちは驚いてしまうのだと思う。友達らとクラスで誰がタイプかを話している最中だった。一人の子が小湊くんがタイプだと言ったときは勇者だなあなんて思っていたが、その野球部繋がりでか、伊佐敷くんの名前が挙がった。みんなが「伊佐敷くんはないよね。なんか想像できない」「うん、怖いし」と顔を見合わせて言うのを見て思わず私は口走っていたのだ。



「まあ、名前は伊佐敷くんと仲いいもんね」

「うーん…仲いいってほどでもないけど…」

「でもなんか合いそうじゃない?名前と伊佐敷くん」

「えっ」

「ああわかるわかる!意外と和みそう」



みんなが急に盛り上がり始めた。わかるわかると連呼している友達たちの中に入って行けなかった。私と伊佐敷くんが合う、そういう意味で。伊佐敷くんは実は優しいと最近気づいた私にとってそんなことを言われるのはものすごく照れ臭かった。「やめて、伊佐敷くんはそんな気さらさらないんだから!」と言ってもみんな私を楽しそうにからかう。



「わあ照れてる名前かわいー」

「やめてってばもう…」



それきり話は人気者でサッカー部のキャプテンである男の子に移って、やっと私は一息ついた。ちらりと教室の反対側にいる伊佐敷くんを盗み見ると、小湊くんと隣のクラスから来ているのであろう貴子ちゃんと増子くんと話していた。貴子ちゃんは同じクラスになったことはないけど、なぜか友達の友達といった具合によく話すことがあって仲良くしてもらっている野球部のマネージャーの女の子だ。いいなあ、伊佐敷くんと同じ部活で。……「いいなあ」?




***




「沢村、田舎に彼女いるんすよ」



その言葉にみんながぴくりと動きを止めた。その発言をしたのは倉持でにやにやと悪い笑みを浮かべて沢村を突き出していた。沢村は「違いますってただのチームメートっすよお!」と泣き叫んだが、周りにいる男たちはみんな目つきを変えていた。特に三年生たちの反応がすごい。膝から崩れ落ちているやつまでいる。



「オラ沢村…その話は本当か…アア?」

「ちょ、ヒゲ先輩…違いますってだからあああ」

「そこに座れ」

「キャプテンまで!うわあああ!!」



泣き叫ぶ沢村を捕まえる純と、それを静かに、しかし威圧感を醸し出した哲が見ている。倉持はヒャハハハ!と笑い、隣では御幸がはっはっは!と笑っている。こいつら本当にうるさいな…。川上も気にしない振りをしつつも聞き耳を立てており、春市ははらはらとした様子でそれを見守っている。降谷は完全に他人事と言った感じで知らんぷりしてるけど。



「で、写真はどこだオラ…可愛いのか?」

「早くしろ沢村潔くな!じゃないと後が怖いぜ?ヒャハ!」

「だから彼女じゃないですってえ!離してくださいよ!」



ついに倉持がプロレス技をかけ始めて、それをみた金丸がいけいけと煽っている。「吐けオラア!」と純が叫ぶ。でも俺はそれにくすりと笑うのを抑えられなかった。隣で春市が「兄貴…?」とこちらを見てくる。別に沢村の肩を持つつもりはないし、沢村の彼女についても気になるんだけど、それよりも俺は純をからかってやりたくなった。「まあまあ」と言いながら彼らの間に入る。



「なんだよ亮介…」

「ところであの後保健室で苗字と何かあったの?」



空気が凍った。先ほどの沢村の話でのみんなの固まり方とは明らかに違かった。「ああ!?」と叫ぶ純は明らかに動揺していて、思わず笑ってしまった。「え、純さん…?」と言う倉持の顔が面白い。沢村もさっきまでいじまられていたのに、目を丸くして驚いている。場の空気が一瞬にして変わったのが面白くて、ついもっと話したくなってしまう。



「え…苗字さん?…って誰っすか…」

「ああ、同じクラスの女子だよ。最近その子と純がいい感じでね、この間二人きりの保健室で」

「おい亮介変なニュアンス含めてんじゃねえよ!」

「含めてないよ。ご機嫌で教室に返ってきたのにね?」



「何もねえからな!おい!」と純は必死に否定していたけど、明らかに周りからは不信感を含む視線を送られていた。「ああ、苗字か…」と彼女と同じクラスになったことのあるであろう丹波や増子は顔を見合わせている。特に倉持の顔があまりに不信感たっぷりで、純は何と弁解するのだろうと見ていた。

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