「あちー。やってらんねえ」
「前から思ってるけどその髭、汗かくと不潔だよ」
「黙れコラ亮介!」
照りつける日差しの中、体育の授業が校庭で行われていた。インターバルトレーニングと称し、校庭を何周も走ったり脚上げをしたりと、かなり面倒なことをしている。汗が頬を伝う俺の隣で、亮介は涼しげに微笑んで髪を風に靡かせている。腹が立ってやつに向かって思い切り舌打ちすると、また爽やかに笑われた。爽やかに見えるだけ、の笑みだが。女子がインターバルを行っている様子を見ながら亮介が目を細める。(元々細いが。)
「みんなバテてるね」
「ああ」
「ていうか苗字減速してない?」
「ん?」
「ほら、完全に集団から置いて行かれてる」
亮介が可笑しそうに笑う視線の先には、俺の隣の席の苗字がいた。彼の言うとおり、完全に走っている集団が取り残されている。真剣な顔で走っているのに足が遅くてどんどん集団と離れていく姿が滑稽なのは確かだった。あいつ、何にも一生懸命って感じだもんな。そう思った瞬間、その身体がぐらりと傾いた。
「あっ、苗字…って純!?」
耳に亮介の声は届いていた。校庭にいる全員がどよめいて、みんなの視線は一点に集中していた。ぐらりと傾いた苗字の身体はそのまま地面に倒れていった。特に何を考えたとかそんなことは何も覚えていない、ただ、気がついたら俺は全速力で走り出していた。
***
うっすらと目を開ける。ぼんやりとした視界の中で、私はゆっくり息を吸った。白い天井がはっきりと見え始める。私は、一体。そこが保健室だということに気づくのに少し時間がかかった。昨日、なぜか全然眠れなくて結局数時間しか眠れなかったことを気に留めた。それで朝から具合が悪くて、確か、体育で校庭をぐるぐる走っていた所までは覚えているんだけど。ぼうっと天井を見ていると、急に声がした。
「おい、大丈夫か」
思わず身体をびくりと震わせて起きあがるとそこには伊佐敷くんの姿があった。ベッドの周りを囲うカーテンから顔を覗かせていた。その後ろから小湊くんも顔をひょこりと出したので、私は驚いて言葉に詰まってしまった。
「お前、倒れたの覚えてねえか」
「あっ…そっか…」
「寝不足気味で貧血起こしたらしいぞ」
「で、純がここまで運んだんだよ」
「ばっ…テメェ余計なこと言うんじゃねえ!」
伊佐敷くんが大きな声で言うと、小湊くんは気にする様子もなく笑顔で「保健室でそんな大声出しちゃだめじゃん」と言っていた。その言葉に黙ってしまった伊佐敷くんをよそに「じゃあ次の授業の先生には言ってあるから、純は保健室の先生が戻るまでちゃんと苗字のそばにいるんだよ」と言って小湊くんはさっとカーテンの向こうからいなくなった。自分の顔が熱くなっていくのがわかる。伊佐敷くんが私を運んでくれたなんて。お姫様抱っこかな、いやまさかそんなことないよね。おんぶかな、重かっただろうな、申し訳なかったな。
「今保健室の先生出てっから、戻るまでは俺がいる」
「あの…伊佐敷くん、ありがとう」
「別に、俺は何も」
「ううん、ありがとうね本当に」
「いいから…そんなことより体調は平気か」
伊佐敷くんは私のベッドの隣の椅子に腰掛けながら言った。よく考えたら私は伊佐敷くんと正面から話すことは少ない。いつも話すのは席に座っている時、横に座って話すから。不思議な感覚になりながら伊佐敷くんを見ると、いつもの強い目ではなくて、心配そうにこちらを見ていた。急に胸がぎゅうと締め付けられた。涙腺が熱くなる感じもして、耐えきれなくなる。
「ごめん、伊佐敷くん」
「だからいいって。何回も言わせんな」
「違う、違うの。私、ずっと伊佐敷くんを怖いと思ってたの。本当はすごく優しいのに、ごめん。ごめんね」
私の言葉に、伊佐敷くんは目を大きく見開いた。でもすぐに顔を赤くして私は驚いた。伊佐敷くんも、照れるんだ。「何言ってんだボケ」と言う伊佐敷くんは言葉は悪いけど顔が赤くて声に力がなかったから、ちっとも怖くなかった。