暗くて冷たくても探す


夜眠れなかったので100回素振りをして部屋に戻ろうとしていたら純さんの姿を見つけて俺は足を止めた。そんなに近くないのに「はあ」と彼のため息は大きく聞こえて俺はそっと、ちょっとずつ近づいた。この間の練習試合は勝ったし、まあ課題が残ったのは確かだったけどかなりよかったように思う。純さんは何か悩んでいることがあるのかと考えながら足を進めると不意に純さんが顔を上げた。俺に気づいたようだ。「ちっす」と言うと、純さんは「ああ」と返してからベンチに座った。俺もつられるようにしてその隣に座る。純さんは一瞬遠くを見つめてから、すくっと立ち上がって自動販売機でスポーツドリンクを二本買った。そのうちの一本を俺に投げてくる。



「オラ、飲め」

「あ…あざっす」

「どうしたこんな遅くに」

「なんか寝れなくて…」

「そーか」

「純さんもっすか」

「まあそんなもんだな」



純さんはスポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干した。ぐびぐびと純さんの喉が鳴る音を聞きながら俺もボトルの蓋をひねる。もう二時を回っただろうか、寮は静まり返っていた。また純さんがため息をつくので俺は少し下を向いた。なんとなくだけど、純さんのため息の原因があの女の人にあるんじゃないかと思った。決定的な根拠もないし、勘だけど俺は結構長く純さんと一緒にいるし、そういうことに関しては鼻が利くと思う。亮さんの話を聞く限りあの女の人と純さんは両想いらしいし、純さんに今色事があるのは確実だった。ボトルの蓋を指先で弄びながら言った。



「あの人…」

「あ?」

「あの、苗字さん、でしたっけ。好きなんすか、純さんは」



返事がないので俺は顔を上げて手先から純さんに視線を向けると、純さんは空気を見つめていた。前に彼女の名前が出ると純さんはあからさまに動揺したり焦ったりしていたが、今回はそうではなかった。逆に俺が驚いてしまう。少し意外に思っている俺をよそに純さんは視線を戻さないまま、ふうと小さく息をついた。ゆっくりと彼の視線が俺に向いたので、俺は気まずく思って思わず手に持っているボトルに視線を落としてしまった。そしてなぜか純さんがふっと笑う声がして俺は目を丸くする。でも今彼がどんな表情をしているか見るのは少し勇気が必要だった。



「ああ、好きだ。笑えるよな」

「別に笑えなんか…」

「あいつは俺のことをそんな風に見てなんかいねんだよ」



ぐしゃ。そう音がして見れば純さんが空のペットボトルを握りつぶしていた。純さんは自嘲気味に笑っていたけど、唇を少し噛んでいたからきっと苦しいんだと思う。正直俺は誰かを好きになったことはあってもそこまで辛い思いをしたことがなかったから、今純さんがどんな気持ちなのかは到底わからなった。でも、自分の気持ちが報われないのだから、一生懸命に練習をしたのにレギュラーになれないことくらい辛いのだと、勝手に自分で納得していた。でも、亮さんの話でいくと、きっと二人は両想いだ。彼女が純さんを「そんな風に見てなんかいない」とはどういうことなのだろうか。まさか、両想いだと思いますけどなんでですか、などと聞けるわけもないから黙る。何も言えずにいると、純さんが静かに立ち上がった。



「俺は部屋に戻る。お前も早く寝ろ。明日に響くぞ」



はい、と俺は返事して、部屋に戻っていく純さんの背中を見送っていた。間違いない、純さんの暗い表情もため息も、全部原因はあの人だ。残りのスポーツドリンクを全て胃に流し込んだ。しかし急に人の気配がして素早くそちらに視線を向けると、にっこりと笑顔の彼が現れて、俺は空のペットボトルを片手に立ち上がった。



「…亮さん」




***




藤原は腕組みをして考えていた。どうしたらいいものか、と考えていたのだ。昨日の夜に俺が立ち聞き(というか盗み聞き)した内容からすると、きっと純は勘違いをしているようだった。かなり驚いていた倉持には悪いが二人の会話はほぼ全て聞いていた。なんとなくふらっと外に出たくなったから出た、それだけだ。純が自分の気持ちに気づいていてしかもそれを認めていることも、苗字にその気がないと思っていることも意外だった。倉持に「今の話…」と聞かれて俺は笑顔を作ったまま無言だった。倉持は鋭い。半分感心しながらも俺はどうしようかと考えていた。藤原に少し聞いてみると、彼女も二人のことを気にしているらしく、一緒になって考えていた。



「亮介、筆箱部屋に置いてきちまったからシャーペン貸してくれ」



純がこちらに来て俺に手を差し出すので、俺は静かに自分の筆箱から一本シャーペンを出して彼に手渡した。「悪いな」と言って立ち去ろうとする彼の背中に言う。「純は、それでいいの」純は振り返って「ああ?」と理解できないといった表情をしていたけど、本当はわかってるんじゃないかなあなんて思いながら俺は「なんでもないよ」と言って笑った。

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