まぶたの裏で尻尾がゆらり


星墜さまに提出。ファンタジー要素を含みます。苦手な方は読まないことをお勧めします。

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僕のクラスには一人、いわゆる美少女である女子生徒がいる。彼女の名前は苗字名前さん。その端正な顔立ちや可憐な振る舞いから少々クラスで浮いた存在であることは間違いなかった。しかし、悪い意味ではなく。誰もが彼女を美しいと思っていたし、中には崇拝に近い感情を抱いている者もいたぐらいだ。高嶺の花という表現がここまでしっくりくる人はいないと確信を持って言うことができる。透き通るような白い肌に、黒々しく艶やかな髪、そして全てを見透かすような大きな目は誰をも魅了した。



「問二の答えは1.25です」



彼女の声を聞くことができる数少ないチャンスは授業中だった。先生に当てられて答えた時に、彼女の凛とした声が聞けるのだ。彼女にいつも連んでいる友達はいないように思う。でもそれは周りから嫌われているから等ではなく、自らの意志のように思えた。お弁当の時間は気づけば何処かへいなくなっているし、時々女子生徒らに話しかけられると口数は少なく、控えめに微笑んでいる。女子生徒の中でまるで花のようだ、まるで白いユリの花、と噂されているのを聞いて、なるほど確かにと思った記憶がある。「あんな美人見たことねーよ」と彼女を初めて見た時の火神くんは鼻血を出しそうなほど興奮していたし、一つ上のキャプテンやあの木吉先輩まで彼女の存在を知っているんだから、そうとうな存在感なんだろうと思う。



その日も僕は練習を終えて家の近くにあるストリートバスケのコートにいた。部活での練習だけでは自分がチームの一員として活躍できないと考えていたからだ。シュートを何度も何度も打つがなかなか入らない。ふう、と息を吐いて、コロコロと自分から遠ざかるボールを追う。しかし、拾う瞬間に疲れからかふらつき、地面に手を着いた。途端、手に痛みが走る。見れば地面に割れたビンの破片が落ちており、僕の指にはぱっくりと切り傷が出来ていた。血が滴る。背中を嫌な汗が伝った、その時だった。



「黒子くん」



人の気配など先ほどまで一切感じなかったのに、そう、僕を呼ぶ声がした。それは風鈴が優しく風に吹かれたような、そんな声音だった。ゆっくりと声がした方を見ると、そこには苗字名前さんが立っていた。コートの光に照らされて、白い肌が一層白く見える。彼女は制服姿で、ずっと前からそこにいたかのように、静かに立ってこちらを見ていた。



「苗字、さん?」

「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら」



そう言って微笑む彼女に僕の心はざわついた。だいたい、彼女が僕の名前、いやそれどころか存在を知っていることにも驚いたし、どうして彼女がここにいるのか、それも制服姿で、と、投げかけたい疑問などいくらでもあるのだ。しばらくどれも口から出て来ず、僕は唖然と立ち尽くした。しかし、少しして我に帰る。



「いや、その…どうしてこんな時間に」

「指、大丈夫ですか」



彼女は質問した割には僕の答えを遮った。僕が指を怪我したことに気づいていたのか。彼女は僕に向かって歩いてきたが、まるで音がしなかった、ように思えただけなのだろうか、あまりに動きがしなやかだった。明るみに出た彼女は、間違いなく苗字名前さんだった。俺の指を手に取った彼女の肌は雪のように白く、髪は漆黒だった。俺の指を見つめる目は煌めき、瞬く長い睫毛はあまりに現実離れしたように綺麗だった。彼女の細い指が僕の指に触れる。すると、瞬く間にぱっくりと開いていた傷口が跡形もなく消えていた。信じられずに声も出ない。思わずすぐさま彼女の手に包まれていた手を自分の顔に近づけて見ると、見かねたのか、彼女がいつものように微笑んで言った。



「私、あなたがいつもミルクを持ってきてくれるのが楽しみでした。一人でしたけど、寂しくありませんでした。だからずっと、ずっと、あなたにお礼がしたかったのです」



彼女はそう言うと、柔らかな笑みのまま、噛みしめるように「ありがとう」と言った。途端にライトの光が強く感じられて目をきつく瞑り、そして目を開いた時にはすでに彼女の姿はなくなっていた。あたりを見渡すが、もはやそこに人がいたことでさえ疑わしいほどに静まり返っていた。息を飲む。地面にはビンの破片が散らばり、僕の指から滴った血の痕跡はあった。でも確かに、僕の指にはどこにも傷などないのだ。「あなたがいつもミルクを持ってきてくれた」。そして僕ははっとした。中学生の頃、帝光時代部活の練習が終わるといつも体育館の脇にダンボールに入れられ捨てられていた白い子猫に牛乳を買ってやっていた事を、思い出したのだ。まさか、あの猫が。こんな非現実的なことが起こるわけない、猫が人間に化けるなんて、と頭ではわかっていても、今起きたこと全てが非現実的で何も否定できない気がした。カバンから携帯電話を出す。



「黒子かよ何だこんな時間に」

「すみません火神くん、あの、同じクラスの苗字名前さんのことなんですけど」

「あ?誰だそれ」

「え、ですから同じクラスの…」

「そんな名前のやついねーよ、寝ぼけてんのか」



電話越しの火神くんの声を聞きながら僕は息が止まりそうだった。火神くん、彼女が美人だ美人だと騒いでいたのに。「早く寝ろ、また明日な」と乱暴に言う彼の言葉を聞いて僕は静かに電話を切った。幻、だったのかな。でもそんなわけはなかった。ずっと彼女はいた、毎日いたんだから間違いない。僕の傷も治った、血だって残ってる、立派な証拠だった。そして僕は確かに、その可愛らしい白い子猫を知っていた。



「わざわざ僕のために…ありがとうございます」



まだ彼女がどこかにいる気がして、そう呟いて目を閉じた。その刹那、ぶわっと風が吹いた。僕の前髪をなで上げる。ふと彼女の尻尾が見えた気がして、同時に風音に紛れて、みゃあ、と猫の鳴き声がした。


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